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2024/02
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それは桜の降る中で
 立派な馬が前後をゆるやかに歩く。

 間に挟まれ守られているのは、黒い漆塗りの駕篭である。

 細いあぜ道の両側には、村人たちが平伏する。

 一行が通り過ぎた後には、頭をあげた村人たちのささやき交わす声。

「あの子もえらい出世だな」

「もともと聡い子だったからなぁ」

「ご領主様に気に入られたんじゃあ、村長もあきらめるしかないしな」

 涙ぐんで見送る、村一番の器量よし、村長の一人娘を、ちろちろと見やる視線は、一様に同情深いものだった。

 十年前、村の近くで記憶を失っていた少年は、とても頭がよく、人当たりもよかった。彼は、成長するに従って村長の娘と仲良くなり、やがてふたりは夫婦になるだろうというのが、村人たちの噂でもあった。村長も、聡い少年を気に入っていたし、どこにも、問題はないようだったのだ。ただ、少年は、そういう村人たちに、『そんなことないって。おれは、捨て子だぜ』と、返していたが、そこは、謙遜だろうというのが、大半の村人たちの見方だった。

 少年の聡さは、村だけでは納まらず、やがては少年の聡さを耳にした領主が、なにかと難問を持ちかけ、それをみごとに解いて見せる少年を、ついには、城に、召したのだ。

 半ば以上は、ごり押しではあったが。誰が、領主に逆らえるだろう。

 少年は、ぼんやりと、駕篭の中から、小窓をすかして、村を振り返っていた。

 捨て子の自分を卑しめることなく育ててくれた村人たちが、遠くなってゆく。

 ありがたいと思う反面、けれど、なぜだか、自分は、彼らに、隔意が、あった。

 なぜなのか。

 寂しい。

 けれど、どこかで、ホッとしている自分がいる。

 なくした記憶と関係があるのだろうか。

 わからない。

 田んぼの稲が、きらきらと光をはじいている。

 春の、匂い。

 春。

 桜の季節に、自分は、桜の木下で、ぼんやりと立っていたのだと言う。

 その桜の木まで、もうじきだ。

 なぜなのか、心が急いた。

 むかしから、十年という区切りの歳月が、心の奥深くに、わだかまっていた。

 十年すれば―――なにがあるのか。

 なにが起こるのか。

 わからないなりに、自分は、それだけの歳月が過ぎてゆくのを、恐れていたのか、それとも、心待ちにしていたのか。

 十年間、できるだけその桜の木は、避けていた。

 村の入り口近く、林の奥にある、古木だった。

 白い、みごとな花が咲く。

 十年前の、記憶は、それをぽんやりと見上げていた自分。

 降り注ぐ、桜のはなびら。

 そうして――――――

 そうして。

 何かを思い出しかけた。

 心が急く。

 なんだろう。

 これは。

 とくとくと、心が、逸る。

 林の半ばで、一休みと、馬が止まる。駕篭も、止まる。

 戸が開かれ、少年は、駕篭から降りた。

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