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桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  8回目
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 更木という浪人の恋人だという女性は、お郁に一部屋を提供してくれた。

 二階にあるその部屋で、お郁は、ただ、座っていた。

 腰高窓の障子から、日の光がぼんやりと差し込む。

 桟に腕を乗せて、顔を乗せる。

 これから、どうしよう―――――

 いつまでも、ここでいるわけにもいかない。

 衝動的に家を出たけれど、どうすればいいのか、わからない。

 自分は、存在と一緒で、どこまでも、中途半端なのだ。

 父と信じていた男に対する感情すら、中途半端だった。憎いと思ったり、懐かしいと思ったり。

 思えば思うほど、よみがえるのは、やさしくされた思い出ばかりで。

 どうすればいいのか、わからなくなった。

 今も、わからないままだ。

 まるで、父の死が、父のすべてを、浄化したかのようだった。



 自分が男なのだと、知ったのは、あのときだ。



 気がつけば、女として育てられていた。

 色鮮やかな振袖、きつく結い上げられる帯。桃割れに結った髪に挿される花簪。それらが本当は自分にふさわしいものではないのだと知ったのは、父がつれてきた祥瓊と遊ぶようになってからだった。

 それが男女の違いだと、はっきりわかってはいなかったが、それでも、何かが違うのだと、悩んだ。

 体が弱いからと、家の敷地から出してもらえない日々で、変だとはっきり感じたのは、
祥瓊のまろやかな胸にうろたえるようになってからだ。

 誰に相談ができただろう。

 祥瓊に変だと思われたくなかった。

 祥瓊の甘い匂いに、ただでさえ、胸が苦しくなるのに、こんなこと、言えやしない。

 悩みは深くて、苦しかった。

 吐き出す先がないことが、辛くてならなかった。

 その上に、新たな、苦悩が、襲ってきた。

 新たな苦悩が、それ以外の悩みを解消してくれた。

 自分は、決して異常ではなかったのだ。けれど、これからの日々は、どうなのだろう。

 はじめて男に抱かれた翌朝、自分を清めてくれたのは、父だった。

 すまない――と。

 一度だけではすまないのだと、暗澹とするだろうこれからの日々を口にしながら、父は、涙を流していた。

 そうして、教えてくれたのだ。今になって、父はあくまで、隠し事をしていたのだとわかるけれど。自分は、男として存在を許されていないのだと。男に戻れば、殺される。殺されないためにも、これから先、浅野屋という篭の中で、女として生きてゆくしかないのだと。男は、自分につけられている見張りなのだと。そう、父は、教えてくれた。

 男は侍で、父は商人だった。

 父が男に逆らえなかったことは、考えるまでもない。

 なぜ、男が自分にあんなことをするのか、わからなかった。

 松林で、男は、ただ笑っていた。禍々しい笑いを顔に貼りつけて見下ろしてくる男の顔は、記憶にあった。あのときよりも歳をとった男が、怖ろしい光を目に宿す。それだけで、ゾッと、動けなくなる。ただ、男のなすがままにされる自分に、どうしようもなくなるのだ。





 昨日、何かしていないといたたまれなくて、母屋の父の部屋に入った。

 もうずいぶんと、久しぶりだった。

 父の匂いは薄らいでいた。

 幼い頃は、ここで一緒に寝てくれたのだ。祥瓊が遊び相手になる少し前までだったけれど。

「お父さん」

 結局、自分には、憎めない。

 恨めない。

 慕っていたのだ。

 大好きだった。

 今だって………。

 父がよく座っていた、床の間を背にした場所に、お郁は、腰を下ろした。

 ふと脇を見る。

 ここの机に向かって、よく、父はなにかを書いていた。

 使い込まれた漆塗りの机のうえには、帳面と、硯箱が、生前のままに置かれている。

 硯箱の蓋を開けた。

 水差しの中には、やはり、一滴の水も入ってはいない。

 水をもらってこようと立ち上がったときだった。

「なにをしてらっしゃいます」

 廊下側の襖が開いて、大番頭が立っていた。

「べつに」

 大番頭は、苦手だ。

 今は、昔ほどではないけれど、それでもやはり、怖いのは、変わらない。

 なにを考えているのかわからない細い目と、時折り見せる、ひとを嘲笑っているかのような、笑いが怖いのだ。

 なにもかも、彼には知られている。だから、そう思ってしまうのかもしれない。

 じっとりと見下ろされて、

「どいて」

 脇を通り抜けようとした。

 避けてくれると見えた動きが、実は、騙しだった。

 腕を掴まれて、引き寄せられた。

 顎を掴まれて、持ち上げられる。

 振り払おうとして、叶わなかった。

「はなしなさい」

 見上げた先に、ねっとりとした色を宿す目があった。

「こうして見ると、お嬢さんもなかなか見れるじゃありませんか」

 あの方もなんと物好きなと、思っていたのですがね。

 続けられたことばに、背中が、震えた。

「いやです」

「これから先、浅野屋は私がいないとやっていけませんよ。これくらい、安いもんでしょう」

 言いのけざまくちづけられて、お郁は、全身が熱くなるのを感じた。

「とても、感じやすい………あの方の執着するからだですから、私はこれ以上何もしませんが」

 楽しそうに笑いながら、力の抜けたお郁のからだから、手を離す。

 ずるずると、お郁は畳の上に頽おれた。

「今日はおいでになられるでしょうから、離れでおとなしくお待ちになられたほうがよろしいですよ」

 そう言い置いて、大番頭は、部屋を出て行った。

 いつ、どうやって、離れに戻ったのか、お郁は覚えてはいなかった。

 少し前までは、父のことを慕わしいと思っていた。それなのに、憎しみが湧きあがってくる。くるくると変わる父への感情に、どうすればいいのか、お郁は、自分でもわからなかった。

 気がつけば、男に背後から抱きすくめられていた。

 記憶に残らないような遣り取りの後、お郁は、男に部屋に連れ込まれたのだ。

「あなたは、どうして、わたしを、抱くんです」

 ぽつりと、つぶやいた。

「気に入ったからだ」

 返事が返されるとは思わなかった。

 解かれた帯が、からだにそって落ちる音がする。

 とても、耳に痛い。

「………からだが、ですか」

 お郁の声はあまりに小さすぎて、男の耳には届かなかった。

 男が、抜け道を通って、帰ってゆく。

 月明かりに照らし出されるその背中を見送りながら、目と鼻の先に、逃げ道はあるのに――なぜ、自分は、逃げなかったのだろうと、お郁は、今更ながらの疑問を感じた。

 人前に出るのが恥ずかしいからだ。

 出かけなければならないたび、誰かに、実は男だと見破られやしないかと、不安を覚えた。

 女ではないのに、女として育てられて、今更、どうやって、男に戻れるのだろう。

 第一、男に戻るというよりも、男になるとしか思えない。それに、男になったら、自分は、殺されるのだ。

 自分を抱く、あの男に。

 理由は知らない。

 理由すら知らず、殺されるのは、イヤだった。

 しかし、郁也には、遺言にあった結婚後に渡される遺産――それが、関わっているだろう予想があった。

『開けますか』

 三原を婿に迎えた翌日、大番頭が持ってきた、封印までされた文箱を、

『開けません』

と、言って、押しやった。

 これを欲しがっていると信じ込んでいた大番頭と男に対する、嫌がらせのつもりだった。

『賢明かもしれませんね』

 そう言われて、わからなくなった。

 けれど、逃げだろうとなんだろうと、これ以上重荷を負いたくなかった。

 だから、

『もとにもどしてください』

と、大番頭に渡したのだった。

 なにをどうすればいいのか、もう、わからなかった。

 ただ、知っておいたほうがよかったのかもしれない。今になって、そう思った。
 
 だから、

『なら、これをどうぞ』

と、引き換えのように渡された鍵を、お郁は、取り出したのだ。

 遺言書の場所なら、わかる。

 この鍵が合うところは、一箇所だけである。

 お郁は、母屋に忍び込んだ。

 朝訪ねて行った父の部屋、その床の間の掛け軸の裏。

 お郁は、部屋に行灯を灯して、掛け軸の裏の鍵穴に、鍵を合わせた。

 ゴトリと重い音がして、厚い戸が押し出される。

 ぽっかり開いた刳り抜き穴には、あの日見た文箱がひとつ。

 取り出して、お郁は、封印を破った。



 そうして、お郁は、理由を知ったのだ。



 まるでそれ自体が毒でもあったかのように、お郁はそれを、投げ捨てた。

 畳の上、たった一枚の古びた和紙が、ほのめく行灯の火に照らし出されている。

「これだけ」

 ポツリとつぶやいた。

「こんなものっ」

 欲しいと思ったこともない。

 考えたことすらなかった。

 破り捨ててしまおうか。

 ふと、考えた。

 しかし―――――

「狂ってる」

 泣き笑いの表情で、お郁は、それを取り上げた。そうして、懐にしまう。

 文箱は、元通り、掛け軸の裏にもどして、鍵をかけた。

 これからどうしようか。

 離れに戻る途中、お郁は、魅かれるように、築山の裏へと近づいた。そうして、そのまま、飲み込まれるように、抜け穴に足を踏み入れたのだった。







 そろそろ夜明けだ。

 もうひと時もすれば、下働きから動き始めるだろう。

 はばかりに目覚めた小司馬は、それに気づいた。

「おや」

 ぼんやりとした灯は、

「旦那様のお部屋だな」

 泥棒――が、行灯を灯しはすまい。

 お郁お嬢さんだろうか――と、足音を忍ばせた。

 今朝の出来事は、我ながら、性質の悪い冗談だった。否。そう思わなければ、自分を保てない。

 抗えなかったのだ。

 お郁が通り過ぎようとしたあの瞬間、鼻先をかすめた蠱惑の匂い。

 男を魅せる、甘い香だった。

 気がつけば、手が伸びていた。

 そうして。

 くちびるに感じた、やわらかな感触。

 腕の中にあった、女よりはやや硬めの、しかし、男というほどには硬くない、からだ。

 あの方が、殺せなくなったのも、無理はない。

 よみがえった感触に、小司馬は、刹那、足を止めた。

 コン――と、鹿威しの音で、我に返った。

 そっと覗きこんだ亡き主人の部屋には、しかし、お郁の姿はもとより、ひとの気配はなかった。

 もしや――と、掛け軸の裏を確認する。

 異常はないように見えた。

「明日、注意しておくか」

 行灯の火を吹き消した。



「大番頭さん」

 抑えられた声に、小司馬は、障子を開ける。

 二度寝するには中途半端な時間だったため、寝るのは諦めたのだ。

 縁側に、老女がひとり、正座していた。

「梅か。こんなに朝早く、お嬢さまに何かあったのか」

 昨日の今日だから、体調でも崩されたかと、いささか軽く考えていた小司馬は、

「お嬢さまが、どこにもおられません」

という梅のことばに、目を剥いた。

 まさか。

 いや、しかし。

 家を出て、どこへ行くというのだ。

 行くあてといえば、幼馴染の娘のところくらいだが。

「わかった。おまえは、いつもどおりに過ごせ。お嬢さまがおられないことは、誰にも知られるな」

 忠実な老女は、頭を下げると、庭から離れへ向かう。

 老女が築山の向こうへと姿を消したのを見て、そういえば、お郁はあの道を知っているなと、思い出す。

 火事になったときなどの用心の抜け道だ。

 昔はあそこからよく幼馴染の娘がやってきていた。

 今まで、あの道を使わずにいて、今頃突然。疑問ではあったが、ひとの心というのは、謎である。

 小司馬は、抜け道へと急いだ。

 そうして、お郁らしい少女が、浪人者らしい男といるのを、見つけたのだ。

 血がさがる。

 小司馬は、いつもは来られない男に代わって、お郁を見張るというのも役目のひとつだったからだ。

 あの男が、お郁に溺れているのは、確かだ。

 それで役目を忘れるような人格ではないと理解してはいても、家出を許した責は、自分にあるのに違いない。ましてや、お郁が、他の男に情を移すなどということは、決してあってならないことだった。

 小司馬は、

「こういうときにでも使わなければ、小遣いの無駄だな」

 小司馬は独り語ちると、出てきた抜け道へと引き返したのだ。

 足元には、既に息絶えた浪人者の骸が血溜まりに倒れていた。




ここまで。
レアに、書き上げただけアップしてるので、明日アップできるかどうか、謎です。
楽しんでくれてるひとがいるといいのですがね。

久しぶりに、日記写真をアップ。
Fさま、ロイです♪ 少しでも癒されてくださるでしょうか。
とっかりの毛皮の置物にじゃれてます。
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