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2024/02
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コラボ 十二国記+鰤~チ(ゲスト剣ちゃん)
 真っ赤な陽が傾く。

 血にも似た夕焼けに、男の鋭く尖った顔が、染まる。

 額から顎にかけて、顔の左半分に走る刀傷が、印象的な男だった。

「ふん」

 手にした刀を一振りし、鞘に戻す鍔鳴りが、かすかに響いた。

「つまらん」

 足元に倒れている、身形のよさ気な町人をもはや一顧だにすることなく、男は、踵を返した。

 人を殺した気負いも何もなく、男は、ただ、飄々と、歩いていた。

 途中酒屋で酒を買い求めると、男は慣れた足取りで、とある大店の寮の門をくぐったのだ。

 板の間敷きの広い部屋に入ると、徳利の栓を抜き、直口で酒を呷る。

 座る間もあらばこそだった。

 十人からいたる浪人たちが、胡坐をかいた男をちろりと遠巻きに眺めやる。

 徒党を組むをよしとしない男は、彼らと同じく町人に飼われていると言うのに、異彩を放つ。野良犬とはぐれ狼ほどの差異が、そこには、常に存在していた。

 ことさら大きく響く足音が、廊下を近づいてくる。

 開け放たれたままの障子から、厳つい男が現われた。縦にも横にも大きな男が、

「おう、更木、首尾はどうだ」

 からだに似合った胴間声を張り上げた。

 更木と呼ばれた男のつり上がり気味の細い目が、男を捉える。

「誰に訊いている」

 不機嫌そうに返して、酒を呷る。

「次は、もっと手応えのあるヤツにしてくれ」

 でなければ、動かんからな。

 そう言って更木は、そのまま後ろざまに大の字になると、目を閉じた。

「更木さまは、あいかわらずですな。剣呑剣呑」

 男の後ろから顔を覗かせた町人が、わざとらしく、からだを震わせた。







 旗本の屋敷の中でもひときわ目につく門構えの屋敷が、退屈の殿さまこと、桓堆の屋敷である。

「動かないでくださいって。あぶないですよ」

 朗らかな声が聞こえてくる。

 広い庭を見渡せる縁側では、青い髪の美少女が、膝に乗っている男の頭を軽く叩いたところであった。

 手にした桃色珊瑚の簪で、着流しの男の耳掃除をしているらしい。

「それで、祥瓊。おまえさんの幼馴染がどうしたって?」

 祥瓊の膝を枕のまま、腕組みをした桓堆が、横目で少女を見上げた。

 深い青と、明るい青。二対の、色味の違うまなざしが、刹那、からみあう。

「あ、お郁ちゃんのことですね。浅野屋のだんなさんが亡くなった喪が明けたら、すぐにお婿さんをとらなくちゃならなくなったんですって。なんでも、つい最近になって、遺言書がでてきたらしくて。で、相手も決まってたって。それで………。もう婚礼まで七日もないっていうのに、あんなに塞いでたら、からだこわしてしまうわ」

 耳掃除の手が止まる。

「今になってか」

「そう。おかしいでしょう。大事な遺言書が、今頃ひょいと出てくるなんて」

「それで? 婿になるのは、どんなヤツだ」

「え~と。なんでも、浅野屋さんが昔恩を受けたっていう、ご浪人さんだとか」

「それは、また。玉の輿だな」

「でしょう!」

「で?」

「で、って? なんです、殿さま」

「浅野屋といえば、身代は百万両を越えるという、大店だな。お郁という娘に、ほかに好いた相手がいるっていうのじゃないのか」

「そりゃ、お郁ちゃんはおじさんが生きてたときから孝行者だけど。だから、遺言なんかでてきたら、逆らえないとは思うけど。けど、好いたひとがいたら、それくらいは、ちゃんと言うはずよ」

「だれもが、おまえさんほどはっきりと物が言えるとは限らんが」

「でも、やっぱり、好きなひとがほかにいるのに、一緒になるなんて、辛いわ。あたしだったら、絶対にそんなのイヤですから」

「好いた相手がいるのか?」

 ふたたび、ふたりの視線が、からみあう。

「初耳だ」

「殿さまのいけず」

 祥瓊が頬を膨らませた。







 細い腕が、さぐるように襦袢に手を伸ばす。

 薄い光に影となったなだらかなからだの輪郭に、次々と、着物が縛り付けられる。

「帰ってください」

 掠れた声が、ささやきをもらした。

「つれないな」

 身にまとっていたのだろう着物をからだの下に、男が、太い声に、笑いをにじませる。

 大きく小さく、行灯の灯が、せわしなくゆらぐ。陰影に閉ざされた男から、お郁は顔を背けた。立ち上がって、振袖に手を通し、合わせて、縛った。

「慣れたもんだ」

 重く堅い帯を巻きつけて、からだの前で結び、力任せに、背中に回した。

「三原某と言ったかな。婿をとったら、もうこんなことはできなくなる――――か」

 そんなことなど微塵も考えてはいないような口調だった。

 まだ、こんなことがつづくのか。

 そう思うと、お郁の目頭が熱くなる。

 男の言うとおりだった。お郁は、確かに、なにもかもに、すっかり、慣れてしまっていた。

 なにもかもに。

「さっさと、帰ってください」

 いくら、家の奥の離れとはいえ、誰が来ないともかぎらない。たとえ、大番頭が、この男とグルだとはいえ―――である。

 自分は、楚々とした孝行娘のままである。

 人形のように、男たちのいいなりになる存在。

 むかしから、それは、変わらない

 ずっと。

 波の音が聞こえるような気がした。

 幼いころに住んでいた海辺の町でよく聞いた、おだやかな、波の音である。松林の梢が揺れてたてる音。

 加古の呼び声が、不意に、怒号、悲鳴に変わった。

「どうした、お郁」

 男の声に、我に返る。

 お郁は、いつの間にか畳みに座り込んで、震えていた。

 気がつけば、男は、着物を身につけながら、お郁を見下ろしている。

「では、また来よう」

 見送りはいらないと、身をかがめてくちびるを掠めようとする男の胸に、お郁は腕を突っ張っていた。

「もう、来ないでください」

 見上げた男の口元が、持ち上がる。

「未来の婿に、操だてか」

 五日後に迫った婚礼を思って、お郁の全身が、震えた。

「できるわけ、ないじゃないですか」

 突然出てきた父の遺言が本物ではないと、誰がわからなくとも、お郁には、わかっていた。

 この男だとて、わかっているはずなのだ。

 なのに。

「しないわけにもゆかない―――――だろう?」

 簡単に腕を外された。そのまま触れてくるくちびるの感触に、お郁の全身が、慄く。

「鬼っ」

 父の名誉を、店のことを、奉公人のことを考えないでいいのなら、明らかに捏造だとわかっている遺言書など破り捨てて、逃げてしまうのに。

 どうせ、この男と大番頭とが仕組んだことに違いない。

 すべては、この男に握られている。

 男のくちびるが、満足気に離れてゆく。

 男が返ってゆく背中を見送りながら見上げた空では、梢のからんだ駕籠に、細い月が囚われていた。

 しかし、月は、風に押されて、駕籠を抜け出す。

 見上げていたお郁の目に、涙が浮かぶ。

 お郁は、袂に、顔を隠した。

 お郁はいつまでも、声を殺して、肩を震わせていた。




書き上げられる自信が皆無xx
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