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2023/09
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本日二回目は「運命の恋人」だったりする。
 いつもご来訪ありがとうございます。

 ということで、以下「運命の恋人」だけです。






** 帰る場所 **







 青い空。

 視界をさえぎるもののない水平線が、どこまでも広がっている。

 白い石灰岩質の切り立った崖の頂上に立ち尽くして、褐色の瞳の若者が遥か眼下を眺めている。傍らに寄り添うのは、彼よりも丈の高い銀髪の男だ。男が、若者の手を握りしめた。

「ユウマ。そなたはこの場所が、とみに気に入っているのだな」

「ああ。アルバロ。なんでだろうな。空気に溶け込んでしまいそうなんだけど、それが不安なんだけどまた逆に不思議と安心するような気にもなるんだ」

 緑青の水面と際限なく砕け散る白い波頭は見下ろしているだけで今にも吸い込まれそうだった。

「それは困る。そなたがいなくなれば、我は気が狂ってしまうだろうよ」

「あんたに黙って………いなくなったりしない」

「当然だ。そなたは、我の帰る場所。そなたにとっても、我だけが帰る場所でなければならぬ」

 きっぱりと言い切ったアルバロに、

「自信家だな」

 ユウマが苦笑する。

「当然のことよ。我はそなたを愛しているのだからな」

「俺も……」

 どちらからともなく、ふたりのくちびるが合わさってゆく。

 海のかなたから吹きつけてくる風が、ふたりの髪を、着衣を、はためかせる。

「海風は病みあがりのからだによくはなかろう。そろそろ家に戻るとしよう」

「ああ」

 振り返れば、白い岩壁とは対照的な赤茶けた荒野の只中に、緑に包まれた家が見えた。

 そこが、彼ら、ユウマとアルバロの、帰るべき家だった。







 それは、信じたくない光景だった。

 アルバロを銀の矢からかばいユウマが矢を受けた。

 矢は、まがうことなくユウマの心臓の位置を貫いていた。

 つい先ほど、たった一度きりのくちづけを交わしたくちびるが、彼を呼ばわりかすかに動いた。

 そうして、褐色の瞳は、光を失ったのだった。

「ユウマッ!」

 アルバロの、魂消えるような絶叫が、その場に、こだました。

「アルバロっ! どうした」

 肩を揺さぶられ、アルバロは目覚めた。

「………ユウマ」

 そこにいたのだな―――と、自分を見下ろす恋人の頬に手を伸ばした。

 いつの間にか、居眠りをしていたらしい。

 心臓が信じられないほどに乱打する。

「うなされてたよ」

「夢だ………ひどい悪夢だったのだ」

 そなたが死んだ夢だ―――と付け加えそうになり、別の表現に切り替える。

 心配そうに自分を見下ろしてくる明るい鳶色まなざしに、アルバロは、何気なさを装う。

 ホッと、緊張を解いたユウマが肩をすくめた。

 大丈夫、彼はまだなにも気づいてはいない。

 心臓に悪い夢だった。

 そう、とても。

 悪夢の苦さに、アルバロの整った口角がゆがめられた。

「紅茶でも淹れて来ようか。たしか、”銀月の夜明け”のいいのがまだあったよなぁ」

 最高級の茶葉の種類を口に出しながら部屋を出て行こうとする恋人のいまだ薄い背中を見やりながら、アルバロの琥珀の瞳には、悪夢の名残を見ているような、どこか辛そうな影が降りていた。



 茶器がトレイの上でたてる硬質な音とともに、ユウマが紅茶を運んできた。

 テーブルを挟んだ向かい側のソファに座り、ユウマが紅茶を飲む。かすかに仰のいた喉の白さが、アルバロの目に印象的に映った。

「どうかした? ”銀月の夜明け”好きだったよな」

 どこか不安そうなユウマの声に、自然と手がティー・カップに伸びる。

 彼を不安がらせてどうする――自分を諌めながらカップを持ち上げると、ユウマがホッと安堵した表情を見せた。

 平然を装いながら、ユウマは、不安がっている。それを痛いほどに感じながら、アルバロは、カップに口をつけた。

 紅茶のかおりが、ぬくもりが、全身のこわばりを溶かしてゆく。

「ああ、ユウマ。そなたの淹れる紅茶はいつも美味いな」

「はは………」

 照れてへらりと笑う恋人の手を、軽く握る。

「え、えーと。晩飯、なんにする」

 焦ったように手を引こうとするのを、強引に引き寄せた。

 テーブルの上の茶器が甲高い音をたてて、アルバロの行動を非難する。

「そなたがいい」

「いや、そういうことじゃなくって」

「夕飯より、我はそなたを味わいたい」

 どきりとするほど鮮やかな笑みをうかべて、アルバロがユウマを見上げた。






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