六回目
2016-01-11(Mon)
いつもご来訪ありがとうございます。
** 道化師 **
バルドロイが勇者に襲いかかる。
しかし、聖魔術師の発動させた盾の魔術がそれを阻んでいた。
くちばしだけという不利な攻撃ゆえであることは、誰の目にも明らかではあった。
「勇者さまっ」
「勇者どのっ」
「勇者どのっ」
仲間の声が、遠く近く聞こえてくる。
目の前には、愛する魔王の愛玩動物の巨大なくちばし。
自分は何だ?
どうしてここにいなければならない?
どうして連れてこられたのだ?
自分でなければならないことはない。
この苦しみは、味わう必要のないものであったのに。
それなのにっ!
「解除っ」
苦渋の決断だった。
叫ぶなり、勇者は剣を抜刀しバルドロイに斬りかかる。
青白い清冽な光が周囲を鋭く照らす。
怪鳥(けちょう)の叫びが耳を聾するほどにこだました。人の背丈ほども高さのある頭が広間の床に落ちると同時に、血液が臭気とともに広間に広がってゆく。
しかし、勇者の動きは止まらない。
「魔王っ」
それは、悲鳴にも似た絶叫だった。
振りかぶった剣が魔王の頭に振り下ろされる。
鋭い軌跡が描き出され、誰もが魔王の死を予測したに違いない。
「甘い」
放たれた声と同時に、硬い音が響く。
「っ」
はじき飛ばされた勇者の手から剣が落ちる。
床にしたたかに腰を打ちつけ、痛みが全身に噛みつき脳へと襲いかかる。
灼熱の痛みに眩んだ視界に、魔王のシルエットが近づいてくる。
聖騎士たちの攻撃も、聖魔術師の攻撃も、魔王の前では足止めになるほどのものでもなく。
うずくまる勇者のその傍に、魔王が佇んだ。
剥落してゆく。
心を覆った鎧が。
自分には、魔王を殺すことはできない。
わかっていた。
けれど、殺さなければならないのだ。
自分は、それを望まれている。
それを遂げるためにこの世界に取り込まれたのだ。
それだけのために、総てを奪われた。
なにもかも。
そうして、血なまぐさい役目を押し付けてきたのだ。
慕ってくれるのは、優しくしてくれるのは、自分が勇者だからなのだ。
それ以外の自分には、価値がない。
わかっている。
マモノを殺す自分に。
魔王を殺す自分だけに、価値がある。
それ以外は、なにもない。
それなのに。
だというのに、自分は、魔王に恋をしてしまったのだ。
こんな自分に、どんな価値があるだろう。
価値など、ありはしない。
そう。
魔王ではない。
そう。
「魔王………………」
魔王のローブを掴み、上半身を起こした。
くらくらと視界が揺らいだ。
まるで自分の心のように。
無言で見下ろしてくる魔王の琥珀の眼差しに浮かぶものを、勇者は見上げた。やがて、視界にぼやけるシルエットが徐々にしっかりとしたものへと戻ってゆく。
ならば。
視界とともに心が揺らぐ。
死を、惑う。
魔王のローブを伝うように、起き上がる。
頭ひとつ分ほど高いところにある魔王の目を、自分を魅せた琥珀を、見つめた。
感情の伺えない琥珀の瞳に、自分の顔が写っている。
魔王は自分を見ているのだろうか。
見ていてほしい。
時と場合を考慮していない思考が頭を占拠する。
「魔王」
手を伸ばせばその手に戻る聖別された剣を魔王の首筋に当てた。
なぜ自分を殺そうとしないのか。
感情の見えない琥珀の奥に、自分と同じ感情が隠されているのだろうか。
そんな妄想じみた思考に、勇者の口角が引き攣れるように震える。
「魔王と呼ばれようと、我とて世界の歯車のひとつに過ぎぬ。ひとの王との違いといえば、自覚があるかないかくらいのものよな。そなたもまた哀れな歯車のひとつに過ぎぬ」
ああ−−−と、勇者の心が震えた。
魔王の隠された感情は、自分に対する同情なのだ。
「わかっている」
そんなこと、疾うにわかっているのだ。
おそらくは自分が魔王を殺せるかどうかで、世界が人間とマモノのどちらになるのかが決定する。
そのためにこそ、異世界の人間であった自分が無作為に選ばれたのに過ぎない。
哀れな?
いいや、違う。
滑稽な−−−だ。
自分は、滑稽な道化師に過ぎないのだ。
** 道化師 **
バルドロイが勇者に襲いかかる。
しかし、聖魔術師の発動させた盾の魔術がそれを阻んでいた。
くちばしだけという不利な攻撃ゆえであることは、誰の目にも明らかではあった。
「勇者さまっ」
「勇者どのっ」
「勇者どのっ」
仲間の声が、遠く近く聞こえてくる。
目の前には、愛する魔王の愛玩動物の巨大なくちばし。
自分は何だ?
どうしてここにいなければならない?
どうして連れてこられたのだ?
自分でなければならないことはない。
この苦しみは、味わう必要のないものであったのに。
それなのにっ!
「解除っ」
苦渋の決断だった。
叫ぶなり、勇者は剣を抜刀しバルドロイに斬りかかる。
青白い清冽な光が周囲を鋭く照らす。
怪鳥(けちょう)の叫びが耳を聾するほどにこだました。人の背丈ほども高さのある頭が広間の床に落ちると同時に、血液が臭気とともに広間に広がってゆく。
しかし、勇者の動きは止まらない。
「魔王っ」
それは、悲鳴にも似た絶叫だった。
振りかぶった剣が魔王の頭に振り下ろされる。
鋭い軌跡が描き出され、誰もが魔王の死を予測したに違いない。
「甘い」
放たれた声と同時に、硬い音が響く。
「っ」
はじき飛ばされた勇者の手から剣が落ちる。
床にしたたかに腰を打ちつけ、痛みが全身に噛みつき脳へと襲いかかる。
灼熱の痛みに眩んだ視界に、魔王のシルエットが近づいてくる。
聖騎士たちの攻撃も、聖魔術師の攻撃も、魔王の前では足止めになるほどのものでもなく。
うずくまる勇者のその傍に、魔王が佇んだ。
剥落してゆく。
心を覆った鎧が。
自分には、魔王を殺すことはできない。
わかっていた。
けれど、殺さなければならないのだ。
自分は、それを望まれている。
それを遂げるためにこの世界に取り込まれたのだ。
それだけのために、総てを奪われた。
なにもかも。
そうして、血なまぐさい役目を押し付けてきたのだ。
慕ってくれるのは、優しくしてくれるのは、自分が勇者だからなのだ。
それ以外の自分には、価値がない。
わかっている。
マモノを殺す自分に。
魔王を殺す自分だけに、価値がある。
それ以外は、なにもない。
それなのに。
だというのに、自分は、魔王に恋をしてしまったのだ。
こんな自分に、どんな価値があるだろう。
価値など、ありはしない。
そう。
魔王ではない。
そう。
「魔王………………」
魔王のローブを掴み、上半身を起こした。
くらくらと視界が揺らいだ。
まるで自分の心のように。
無言で見下ろしてくる魔王の琥珀の眼差しに浮かぶものを、勇者は見上げた。やがて、視界にぼやけるシルエットが徐々にしっかりとしたものへと戻ってゆく。
ならば。
視界とともに心が揺らぐ。
死を、惑う。
魔王のローブを伝うように、起き上がる。
頭ひとつ分ほど高いところにある魔王の目を、自分を魅せた琥珀を、見つめた。
感情の伺えない琥珀の瞳に、自分の顔が写っている。
魔王は自分を見ているのだろうか。
見ていてほしい。
時と場合を考慮していない思考が頭を占拠する。
「魔王」
手を伸ばせばその手に戻る聖別された剣を魔王の首筋に当てた。
なぜ自分を殺そうとしないのか。
感情の見えない琥珀の奥に、自分と同じ感情が隠されているのだろうか。
そんな妄想じみた思考に、勇者の口角が引き攣れるように震える。
「魔王と呼ばれようと、我とて世界の歯車のひとつに過ぎぬ。ひとの王との違いといえば、自覚があるかないかくらいのものよな。そなたもまた哀れな歯車のひとつに過ぎぬ」
ああ−−−と、勇者の心が震えた。
魔王の隠された感情は、自分に対する同情なのだ。
「わかっている」
そんなこと、疾うにわかっているのだ。
おそらくは自分が魔王を殺せるかどうかで、世界が人間とマモノのどちらになるのかが決定する。
そのためにこそ、異世界の人間であった自分が無作為に選ばれたのに過ぎない。
哀れな?
いいや、違う。
滑稽な−−−だ。
自分は、滑稽な道化師に過ぎないのだ。
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