4回目
2016-01-08(Fri)
いつもご来訪&拍手ありがとうございます。
以下続きです。
** 重ねる **
いつも、なぜなのか。
まるで必然のように、勇者さまと彼とは、互いにひとりぎりの時に限って邂逅を繰り返すようになっておりました。
それは、勇者さまにとっては魅惑の時でありました。
次に会ったのは、海辺の村でした。
その次は山の中の小さな集落。
砂漠のオアシスのこともありました。
平原のことも。
いつかのように森の中のことも。
湖の岸のことも。
素晴らしく見事な滝の近くのことも、灼熱に揺れる火口の際のことだとてありましたし、逆に青白い氷の世界のこともありました。
無惨なまでの現実を忘れることのできる、稀に訪れる、心踊る一時だったのです。
なぜ心が踊るのか。
彼と会うと顔が赤くなるのか。
最初のうちこそご自分の心の動きを否定していた勇者さまでしたが、いつしかその思いを認めるようになっていたのです。
自分は、彼を、恋い慕っているのだと。
名前さえも知らないというのに。
もっとも、それを、彼に伝えるつもりなど、寸毫ほどもありはしませんでした。
互いに男です。
同性愛など、認められる時代ではなかったのです。
いったいどれくらい、出会っては別れてを繰り返したことでしょう。いつしか勇者さまの一行は千を数えるほどの人数になっておりました。そうなると動くことに不自由になります。食事も、宿泊する場所すら事欠くようになりました。五人を最小単位に分け、連絡手段を取り決め、それぞれの得意とする場所でマモノを退治しながら仲間を増やすようにしたのでした。
その日もまた、勇者さまはたくさんのマモノを殺しました。
次々とどこからともなく涌き出してくるマモノを相手に、勇者さまもその仲間たちも血を流す羽目になりました。
狙われた村は壊滅を免れました。
その夜の祝宴を抜け出して、勇者さまは川のほとりをそぞろ歩いておりました。
冷ややかな微風が勇者さまの疲れを癒してくれるかのようでした。
慣れたとはいえ、勇者さまだとてマモノが恐ろしいのです。
ひとを守れないことも恐ろしいのです。
本当は、こんなことをしたくはないのです。
勇者さまは、この世界に来るまで、何かを傷つけたことはないのですから。
勇者さまが使ったことがある武器といえば、模造のものばかりでした。学校という場所で剣術を学んだことがあったようですが、刃引きしたものでさえなく、木や竹などで作られた剣に防具まで使用していたということです。
たとえひとを守るためとはいえ、何かの血を流すことは、勇者さまにとってとてつもない恐怖に違いなかったのでした。
「疲れた………帰りたい………………」
元の世界に帰れないと伝えられた時、どれだけの絶望を覚えたことでしょう。
膝までもある長靴を引き抜き、川につけて空を仰ぎます。
いつかのような天鵞絨の空がそこには広がっています。星座ひとつとっても元の世界とは違う輝きがそこにはあるのです。
込み上げてくる熱は、望郷の念でした。
懐かしいひとたちの面影が、勇者さまの脳裏をよぎっては消えてゆきます。
まぶたに湛えられた涙が堪えきれずに頬を伝いました。
「どうしたのだ」
「っ!」
背後からかけられた声に、勇者さまは慌てて涙を拭いました。
頬が熱くなります。
赤くなっているのが自分でもわかります。
この声が誰のものなのか、ことばから泣いていたのを見られたのだと、知ったためです。
弱っているところなど、好きな相手に見られたいわけありません。
それなのに。
いつの間にか隣に腰を下ろした彼が顔を覗き込んできたのです。
琥珀の瞳が月光を受けて輝きます。
「べ、別にっ! それよりっ、まっまだっ、見つからないのかっ?」
勇者さまは声が裏返っているというのに、しゃべるのを止められなかったのです。
ますます顔が赤くなります。
勇者さまは顔を両手で覆ってうつむいてしまいました。
「ああ。どこへ行ったのやら」
「………探すのを止めないのか」
こもった声で勇者さまが訊ねます。
「一度愛したものがいなくなることは、なによりも耐えられないことよな。私は決して自ら手放さすことはない」
淡々と平坦に返されることばに含まれていた”愛したもの”ということばに勇者さまの心臓が大きく打ち震えました。
探しているものが愛玩動物だと聞いた記憶はありましたが、それでも、好きな相手が愛したものを探しているということはこたえるものなのです。
そう、とても。
「辛いな………」
顔の手を外し、つぶやいていました。
「こうして撫でることさえもできないのだからな」
「えっ?」
白く優美な手が勇者さまの肩を抱き寄せ、そのまま彼の腕を撫で下ろします。
「そのまま私の膝を枕にするがいい」
撫でる手は止みません。
「で、でもっ」
勇者さまの狼狽は、羞恥へと変わっていました。
「疲れているのだろう。すこしでも横になるがいい。男の硬い膝だがな」
ほんのわずかばかり笑いの含まれた声でした。
聞こえるのは、川のせせらぎと草木のそよ風に揺れる音。あとは生き物たちが立てるささやかな生活の音です。
誰とも知らないもの同士の静かな、静かな時が流れて行きました。
腕を撫でられる感触に対する羞恥は心地よさに取って代わられて、いつしか勇者さまは心地よい眠りへと引き込まれていったのでした。
眠りに完全に落ちる少しばかり前に、額に頬にくちびるに何かが軽く触れてきたような気がしましたが、それは気のせいかと思えるほど軽いものでありました。
勇者さまが目覚めた時、そこに彼の存在はありませんでした。
それから勇者さまが彼と出会うことはありませんでした。
魔王の城に入り込むまでは。
以下続きです。
** 重ねる **
いつも、なぜなのか。
まるで必然のように、勇者さまと彼とは、互いにひとりぎりの時に限って邂逅を繰り返すようになっておりました。
それは、勇者さまにとっては魅惑の時でありました。
次に会ったのは、海辺の村でした。
その次は山の中の小さな集落。
砂漠のオアシスのこともありました。
平原のことも。
いつかのように森の中のことも。
湖の岸のことも。
素晴らしく見事な滝の近くのことも、灼熱に揺れる火口の際のことだとてありましたし、逆に青白い氷の世界のこともありました。
無惨なまでの現実を忘れることのできる、稀に訪れる、心踊る一時だったのです。
なぜ心が踊るのか。
彼と会うと顔が赤くなるのか。
最初のうちこそご自分の心の動きを否定していた勇者さまでしたが、いつしかその思いを認めるようになっていたのです。
自分は、彼を、恋い慕っているのだと。
名前さえも知らないというのに。
もっとも、それを、彼に伝えるつもりなど、寸毫ほどもありはしませんでした。
互いに男です。
同性愛など、認められる時代ではなかったのです。
いったいどれくらい、出会っては別れてを繰り返したことでしょう。いつしか勇者さまの一行は千を数えるほどの人数になっておりました。そうなると動くことに不自由になります。食事も、宿泊する場所すら事欠くようになりました。五人を最小単位に分け、連絡手段を取り決め、それぞれの得意とする場所でマモノを退治しながら仲間を増やすようにしたのでした。
その日もまた、勇者さまはたくさんのマモノを殺しました。
次々とどこからともなく涌き出してくるマモノを相手に、勇者さまもその仲間たちも血を流す羽目になりました。
狙われた村は壊滅を免れました。
その夜の祝宴を抜け出して、勇者さまは川のほとりをそぞろ歩いておりました。
冷ややかな微風が勇者さまの疲れを癒してくれるかのようでした。
慣れたとはいえ、勇者さまだとてマモノが恐ろしいのです。
ひとを守れないことも恐ろしいのです。
本当は、こんなことをしたくはないのです。
勇者さまは、この世界に来るまで、何かを傷つけたことはないのですから。
勇者さまが使ったことがある武器といえば、模造のものばかりでした。学校という場所で剣術を学んだことがあったようですが、刃引きしたものでさえなく、木や竹などで作られた剣に防具まで使用していたということです。
たとえひとを守るためとはいえ、何かの血を流すことは、勇者さまにとってとてつもない恐怖に違いなかったのでした。
「疲れた………帰りたい………………」
元の世界に帰れないと伝えられた時、どれだけの絶望を覚えたことでしょう。
膝までもある長靴を引き抜き、川につけて空を仰ぎます。
いつかのような天鵞絨の空がそこには広がっています。星座ひとつとっても元の世界とは違う輝きがそこにはあるのです。
込み上げてくる熱は、望郷の念でした。
懐かしいひとたちの面影が、勇者さまの脳裏をよぎっては消えてゆきます。
まぶたに湛えられた涙が堪えきれずに頬を伝いました。
「どうしたのだ」
「っ!」
背後からかけられた声に、勇者さまは慌てて涙を拭いました。
頬が熱くなります。
赤くなっているのが自分でもわかります。
この声が誰のものなのか、ことばから泣いていたのを見られたのだと、知ったためです。
弱っているところなど、好きな相手に見られたいわけありません。
それなのに。
いつの間にか隣に腰を下ろした彼が顔を覗き込んできたのです。
琥珀の瞳が月光を受けて輝きます。
「べ、別にっ! それよりっ、まっまだっ、見つからないのかっ?」
勇者さまは声が裏返っているというのに、しゃべるのを止められなかったのです。
ますます顔が赤くなります。
勇者さまは顔を両手で覆ってうつむいてしまいました。
「ああ。どこへ行ったのやら」
「………探すのを止めないのか」
こもった声で勇者さまが訊ねます。
「一度愛したものがいなくなることは、なによりも耐えられないことよな。私は決して自ら手放さすことはない」
淡々と平坦に返されることばに含まれていた”愛したもの”ということばに勇者さまの心臓が大きく打ち震えました。
探しているものが愛玩動物だと聞いた記憶はありましたが、それでも、好きな相手が愛したものを探しているということはこたえるものなのです。
そう、とても。
「辛いな………」
顔の手を外し、つぶやいていました。
「こうして撫でることさえもできないのだからな」
「えっ?」
白く優美な手が勇者さまの肩を抱き寄せ、そのまま彼の腕を撫で下ろします。
「そのまま私の膝を枕にするがいい」
撫でる手は止みません。
「で、でもっ」
勇者さまの狼狽は、羞恥へと変わっていました。
「疲れているのだろう。すこしでも横になるがいい。男の硬い膝だがな」
ほんのわずかばかり笑いの含まれた声でした。
聞こえるのは、川のせせらぎと草木のそよ風に揺れる音。あとは生き物たちが立てるささやかな生活の音です。
誰とも知らないもの同士の静かな、静かな時が流れて行きました。
腕を撫でられる感触に対する羞恥は心地よさに取って代わられて、いつしか勇者さまは心地よい眠りへと引き込まれていったのでした。
眠りに完全に落ちる少しばかり前に、額に頬にくちびるに何かが軽く触れてきたような気がしましたが、それは気のせいかと思えるほど軽いものでありました。
勇者さまが目覚めた時、そこに彼の存在はありませんでした。
それから勇者さまが彼と出会うことはありませんでした。
魔王の城に入り込むまでは。
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