2007-02-28(Wed)
足元を、波が洗ってゆく。
ざらざらと、丸い小石が音をたてる。
寒い。
吹きすさぶ風に、拡散してゆく白い息。
今にも雪が降りそうな空の重さ。
ここに君がいてくれれば――――
自分の思考に、笑いがこぼれる。
厭な笑い。
君は、いない。
そう。
どこを探しても、もはや、君という現象は、存在しないのだから。
思い出すのは、些細なやりとりだ。
彼は、居間で、テレビを見ていた。
その背中を眺めながら、
『君が、もし、誰かに殺されれば、ぼくは、必ずその誰かを、殺しますよ』
そんなせりふがするりと口をついて出たのは、彼の見ていた番組が、復讐譚のミステリィだったからだろう。
ぎょっとして振り返った鳶色の瞳に、ぼくは、自分が映っているのを見て、ほっとする。
君は、いつも、どこかへ消えてゆきそうで、不安でたまらなくなるのだ。
『すぐ殺すだのどうだのって………あんた、物騒すぎ』
だいたい、誰がオレを殺すって? ここにはオレとあんただけじゃん。
そう言って笑った顔が、あっけらかんとしすぎていて、かえって、心配になる。
『ぼくには、敵が多いですからね』
『しかたないよなぁ。これまでのあんた、考えたらさぁ』
あっけらかんと言い放たれて、少しだけ、ぼくは、過去を振り返った。
『ぼくの前では、天国の門も閉ざされるでしょうね』
ぼくの両手は、赤く濡れている。
たとえ、改心したとしても。ぼくが屠ったも同然の、あまたの犠牲者たちの上に、今のぼくは、あるのだから。
『こんな幸せな時は、ぼくを不意に、震えさせるのですよ』
本音だった。
こんな時間がいつまでも続きはしないだろうと。
『あんたさぁ………』
ちょいちょいと、ぼくを手招いて、彼は、ぼくを抱きしめた。
『今日は、特別――だかんな』
照れ屋な彼の特別―――――彼の体温を感じながら、ぼくは、思わず、そっと、彼の額にくちづけていた。
『まるで、聖母さまのようですね、君は』
かつて、見た記憶のある、キリストを抱くマリア像の自愛に満ちた表情を思い出して、それが、彼と重なるような気がした。
そんな彼の表情に、ぼくは、どうしようもないくらいの切なさを覚えていた。
そうして――――
『神であろうとなんであろうと。ぼくから君を奪うものは、容赦しませんから』
そう宣言するぼくに、彼は、あきれたような、あきらめたような、複雑な表情をして、
『あんたって、時々、オレよか年下に見えるよな』
そう言ったのだ。
あの二日後、彼は―――――
以前彼と来たときには、ここは、まぶしいばかりの、光にあふれていた。
けれど、今。
光は失われた。
ぼくの心は、冷たく、凍り付いてゆく。
「雪―――ですね」
頬に触れてとけていったひとひらの雪が、まるで、彼との最後のくちづけのようで、ぼくは、目を閉じずにいられなかった。
ふと、背後にひとの気配をかんじたような気がして、ぼくは、振り返ろうとした。
しかし。
それよりも速く、
―――まったく。探したじゃないか。
紛れもない彼の、怒った声。
――――あんたって、けっこう粗忽だよな。
けれど、これは、ぼくの、願望。
何度、同じことを繰り返しただろう。
ひとの気配は錯覚で、振り返っても、彼はいない。
それでも、振り返らずにはいられなくて。
やっぱり、ぼくは、振り返ったのだ。
満面笑顔の、彼を、求めて。
そうして、ぼくは、そこに―――――
――――――はじめ。
――――――迎えに来たよ。
光を帯びて、彼が佇む。
ぼくに差し出してくる、その手を、握り返すのに、どれほどの勇気が必要だったろう。
ぼくは、はじめを抱きしめた。
あの日と同じように、はじめの額にくちづける。
抱きしめ返してくれる、はじめの腕に、現実を感じながら。
浜辺に佇む老人が、痛ましげな表情をして、十字架をひとつ、指で描く。
青いビニールシートのかけられた異邦人の死体が運ばれてゆくのを、ただ黙って、老人は見送っていた。
***********おしまい
あまりに気になる表現が多かったので、一気に書き直してしまいました。が、こんな話xx
あいまいなラストにしたかったのですが、結局、ちょっち悲惨なラストになってしまいました。
すみません。しかも、最近魚里が書く高遠君は、みょうに、乙女――かもしれません。あくまで、高x金なんですよっ! 主張!
少しでも、楽しんでいただけると、御の字なのですが………ドキドキ。
ざらざらと、丸い小石が音をたてる。
寒い。
吹きすさぶ風に、拡散してゆく白い息。
今にも雪が降りそうな空の重さ。
ここに君がいてくれれば――――
自分の思考に、笑いがこぼれる。
厭な笑い。
君は、いない。
そう。
どこを探しても、もはや、君という現象は、存在しないのだから。
思い出すのは、些細なやりとりだ。
彼は、居間で、テレビを見ていた。
その背中を眺めながら、
『君が、もし、誰かに殺されれば、ぼくは、必ずその誰かを、殺しますよ』
そんなせりふがするりと口をついて出たのは、彼の見ていた番組が、復讐譚のミステリィだったからだろう。
ぎょっとして振り返った鳶色の瞳に、ぼくは、自分が映っているのを見て、ほっとする。
君は、いつも、どこかへ消えてゆきそうで、不安でたまらなくなるのだ。
『すぐ殺すだのどうだのって………あんた、物騒すぎ』
だいたい、誰がオレを殺すって? ここにはオレとあんただけじゃん。
そう言って笑った顔が、あっけらかんとしすぎていて、かえって、心配になる。
『ぼくには、敵が多いですからね』
『しかたないよなぁ。これまでのあんた、考えたらさぁ』
あっけらかんと言い放たれて、少しだけ、ぼくは、過去を振り返った。
『ぼくの前では、天国の門も閉ざされるでしょうね』
ぼくの両手は、赤く濡れている。
たとえ、改心したとしても。ぼくが屠ったも同然の、あまたの犠牲者たちの上に、今のぼくは、あるのだから。
『こんな幸せな時は、ぼくを不意に、震えさせるのですよ』
本音だった。
こんな時間がいつまでも続きはしないだろうと。
『あんたさぁ………』
ちょいちょいと、ぼくを手招いて、彼は、ぼくを抱きしめた。
『今日は、特別――だかんな』
照れ屋な彼の特別―――――彼の体温を感じながら、ぼくは、思わず、そっと、彼の額にくちづけていた。
『まるで、聖母さまのようですね、君は』
かつて、見た記憶のある、キリストを抱くマリア像の自愛に満ちた表情を思い出して、それが、彼と重なるような気がした。
そんな彼の表情に、ぼくは、どうしようもないくらいの切なさを覚えていた。
そうして――――
『神であろうとなんであろうと。ぼくから君を奪うものは、容赦しませんから』
そう宣言するぼくに、彼は、あきれたような、あきらめたような、複雑な表情をして、
『あんたって、時々、オレよか年下に見えるよな』
そう言ったのだ。
あの二日後、彼は―――――
以前彼と来たときには、ここは、まぶしいばかりの、光にあふれていた。
けれど、今。
光は失われた。
ぼくの心は、冷たく、凍り付いてゆく。
「雪―――ですね」
頬に触れてとけていったひとひらの雪が、まるで、彼との最後のくちづけのようで、ぼくは、目を閉じずにいられなかった。
ふと、背後にひとの気配をかんじたような気がして、ぼくは、振り返ろうとした。
しかし。
それよりも速く、
―――まったく。探したじゃないか。
紛れもない彼の、怒った声。
――――あんたって、けっこう粗忽だよな。
けれど、これは、ぼくの、願望。
何度、同じことを繰り返しただろう。
ひとの気配は錯覚で、振り返っても、彼はいない。
それでも、振り返らずにはいられなくて。
やっぱり、ぼくは、振り返ったのだ。
満面笑顔の、彼を、求めて。
そうして、ぼくは、そこに―――――
――――――はじめ。
――――――迎えに来たよ。
光を帯びて、彼が佇む。
ぼくに差し出してくる、その手を、握り返すのに、どれほどの勇気が必要だったろう。
ぼくは、はじめを抱きしめた。
あの日と同じように、はじめの額にくちづける。
抱きしめ返してくれる、はじめの腕に、現実を感じながら。
浜辺に佇む老人が、痛ましげな表情をして、十字架をひとつ、指で描く。
青いビニールシートのかけられた異邦人の死体が運ばれてゆくのを、ただ黙って、老人は見送っていた。
***********おしまい
あまりに気になる表現が多かったので、一気に書き直してしまいました。が、こんな話xx
あいまいなラストにしたかったのですが、結局、ちょっち悲惨なラストになってしまいました。
すみません。しかも、最近魚里が書く高遠君は、みょうに、乙女――かもしれません。あくまで、高x金なんですよっ! 主張!
少しでも、楽しんでいただけると、御の字なのですが………ドキドキ。
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