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桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  8回目
20060212205904.jpg

 更木という浪人の恋人だという女性は、お郁に一部屋を提供してくれた。

 二階にあるその部屋で、お郁は、ただ、座っていた。

 腰高窓の障子から、日の光がぼんやりと差し込む。

 桟に腕を乗せて、顔を乗せる。

 これから、どうしよう―――――

 いつまでも、ここでいるわけにもいかない。

 衝動的に家を出たけれど、どうすればいいのか、わからない。

 自分は、存在と一緒で、どこまでも、中途半端なのだ。

 父と信じていた男に対する感情すら、中途半端だった。憎いと思ったり、懐かしいと思ったり。

 思えば思うほど、よみがえるのは、やさしくされた思い出ばかりで。

 どうすればいいのか、わからなくなった。

 今も、わからないままだ。

 まるで、父の死が、父のすべてを、浄化したかのようだった。



 自分が男なのだと、知ったのは、あのときだ。



 気がつけば、女として育てられていた。

 色鮮やかな振袖、きつく結い上げられる帯。桃割れに結った髪に挿される花簪。それらが本当は自分にふさわしいものではないのだと知ったのは、父がつれてきた祥瓊と遊ぶようになってからだった。

 それが男女の違いだと、はっきりわかってはいなかったが、それでも、何かが違うのだと、悩んだ。

 体が弱いからと、家の敷地から出してもらえない日々で、変だとはっきり感じたのは、
祥瓊のまろやかな胸にうろたえるようになってからだ。

 誰に相談ができただろう。

 祥瓊に変だと思われたくなかった。

 祥瓊の甘い匂いに、ただでさえ、胸が苦しくなるのに、こんなこと、言えやしない。

 悩みは深くて、苦しかった。

 吐き出す先がないことが、辛くてならなかった。

 その上に、新たな、苦悩が、襲ってきた。

 新たな苦悩が、それ以外の悩みを解消してくれた。

 自分は、決して異常ではなかったのだ。けれど、これからの日々は、どうなのだろう。

 はじめて男に抱かれた翌朝、自分を清めてくれたのは、父だった。

 すまない――と。

 一度だけではすまないのだと、暗澹とするだろうこれからの日々を口にしながら、父は、涙を流していた。

 そうして、教えてくれたのだ。今になって、父はあくまで、隠し事をしていたのだとわかるけれど。自分は、男として存在を許されていないのだと。男に戻れば、殺される。殺されないためにも、これから先、浅野屋という篭の中で、女として生きてゆくしかないのだと。男は、自分につけられている見張りなのだと。そう、父は、教えてくれた。

 男は侍で、父は商人だった。

 父が男に逆らえなかったことは、考えるまでもない。

 なぜ、男が自分にあんなことをするのか、わからなかった。

 松林で、男は、ただ笑っていた。禍々しい笑いを顔に貼りつけて見下ろしてくる男の顔は、記憶にあった。あのときよりも歳をとった男が、怖ろしい光を目に宿す。それだけで、ゾッと、動けなくなる。ただ、男のなすがままにされる自分に、どうしようもなくなるのだ。





 昨日、何かしていないといたたまれなくて、母屋の父の部屋に入った。

 もうずいぶんと、久しぶりだった。

 父の匂いは薄らいでいた。

 幼い頃は、ここで一緒に寝てくれたのだ。祥瓊が遊び相手になる少し前までだったけれど。

「お父さん」

 結局、自分には、憎めない。

 恨めない。

 慕っていたのだ。

 大好きだった。

 今だって………。

 父がよく座っていた、床の間を背にした場所に、お郁は、腰を下ろした。

 ふと脇を見る。

 ここの机に向かって、よく、父はなにかを書いていた。

 使い込まれた漆塗りの机のうえには、帳面と、硯箱が、生前のままに置かれている。

 硯箱の蓋を開けた。

 水差しの中には、やはり、一滴の水も入ってはいない。

 水をもらってこようと立ち上がったときだった。

「なにをしてらっしゃいます」

 廊下側の襖が開いて、大番頭が立っていた。

「べつに」

 大番頭は、苦手だ。

 今は、昔ほどではないけれど、それでもやはり、怖いのは、変わらない。

 なにを考えているのかわからない細い目と、時折り見せる、ひとを嘲笑っているかのような、笑いが怖いのだ。

 なにもかも、彼には知られている。だから、そう思ってしまうのかもしれない。

 じっとりと見下ろされて、

「どいて」

 脇を通り抜けようとした。

 避けてくれると見えた動きが、実は、騙しだった。

 腕を掴まれて、引き寄せられた。

 顎を掴まれて、持ち上げられる。

 振り払おうとして、叶わなかった。

「はなしなさい」

 見上げた先に、ねっとりとした色を宿す目があった。

「こうして見ると、お嬢さんもなかなか見れるじゃありませんか」

 あの方もなんと物好きなと、思っていたのですがね。

 続けられたことばに、背中が、震えた。

「いやです」

「これから先、浅野屋は私がいないとやっていけませんよ。これくらい、安いもんでしょう」

 言いのけざまくちづけられて、お郁は、全身が熱くなるのを感じた。

「とても、感じやすい………あの方の執着するからだですから、私はこれ以上何もしませんが」

 楽しそうに笑いながら、力の抜けたお郁のからだから、手を離す。

 ずるずると、お郁は畳の上に頽おれた。

「今日はおいでになられるでしょうから、離れでおとなしくお待ちになられたほうがよろしいですよ」

 そう言い置いて、大番頭は、部屋を出て行った。

 いつ、どうやって、離れに戻ったのか、お郁は覚えてはいなかった。

 少し前までは、父のことを慕わしいと思っていた。それなのに、憎しみが湧きあがってくる。くるくると変わる父への感情に、どうすればいいのか、お郁は、自分でもわからなかった。

 気がつけば、男に背後から抱きすくめられていた。

 記憶に残らないような遣り取りの後、お郁は、男に部屋に連れ込まれたのだ。

「あなたは、どうして、わたしを、抱くんです」

 ぽつりと、つぶやいた。

「気に入ったからだ」

 返事が返されるとは思わなかった。

 解かれた帯が、からだにそって落ちる音がする。

 とても、耳に痛い。

「………からだが、ですか」

 お郁の声はあまりに小さすぎて、男の耳には届かなかった。

 男が、抜け道を通って、帰ってゆく。

 月明かりに照らし出されるその背中を見送りながら、目と鼻の先に、逃げ道はあるのに――なぜ、自分は、逃げなかったのだろうと、お郁は、今更ながらの疑問を感じた。

 人前に出るのが恥ずかしいからだ。

 出かけなければならないたび、誰かに、実は男だと見破られやしないかと、不安を覚えた。

 女ではないのに、女として育てられて、今更、どうやって、男に戻れるのだろう。

 第一、男に戻るというよりも、男になるとしか思えない。それに、男になったら、自分は、殺されるのだ。

 自分を抱く、あの男に。

 理由は知らない。

 理由すら知らず、殺されるのは、イヤだった。

 しかし、郁也には、遺言にあった結婚後に渡される遺産――それが、関わっているだろう予想があった。

『開けますか』

 三原を婿に迎えた翌日、大番頭が持ってきた、封印までされた文箱を、

『開けません』

と、言って、押しやった。

 これを欲しがっていると信じ込んでいた大番頭と男に対する、嫌がらせのつもりだった。

『賢明かもしれませんね』

 そう言われて、わからなくなった。

 けれど、逃げだろうとなんだろうと、これ以上重荷を負いたくなかった。

 だから、

『もとにもどしてください』

と、大番頭に渡したのだった。

 なにをどうすればいいのか、もう、わからなかった。

 ただ、知っておいたほうがよかったのかもしれない。今になって、そう思った。
 
 だから、

『なら、これをどうぞ』

と、引き換えのように渡された鍵を、お郁は、取り出したのだ。

 遺言書の場所なら、わかる。

 この鍵が合うところは、一箇所だけである。

 お郁は、母屋に忍び込んだ。

 朝訪ねて行った父の部屋、その床の間の掛け軸の裏。

 お郁は、部屋に行灯を灯して、掛け軸の裏の鍵穴に、鍵を合わせた。

 ゴトリと重い音がして、厚い戸が押し出される。

 ぽっかり開いた刳り抜き穴には、あの日見た文箱がひとつ。

 取り出して、お郁は、封印を破った。



 そうして、お郁は、理由を知ったのだ。



 まるでそれ自体が毒でもあったかのように、お郁はそれを、投げ捨てた。

 畳の上、たった一枚の古びた和紙が、ほのめく行灯の火に照らし出されている。

「これだけ」

 ポツリとつぶやいた。

「こんなものっ」

 欲しいと思ったこともない。

 考えたことすらなかった。

 破り捨ててしまおうか。

 ふと、考えた。

 しかし―――――

「狂ってる」

 泣き笑いの表情で、お郁は、それを取り上げた。そうして、懐にしまう。

 文箱は、元通り、掛け軸の裏にもどして、鍵をかけた。

 これからどうしようか。

 離れに戻る途中、お郁は、魅かれるように、築山の裏へと近づいた。そうして、そのまま、飲み込まれるように、抜け穴に足を踏み入れたのだった。







 そろそろ夜明けだ。

 もうひと時もすれば、下働きから動き始めるだろう。

 はばかりに目覚めた小司馬は、それに気づいた。

「おや」

 ぼんやりとした灯は、

「旦那様のお部屋だな」

 泥棒――が、行灯を灯しはすまい。

 お郁お嬢さんだろうか――と、足音を忍ばせた。

 今朝の出来事は、我ながら、性質の悪い冗談だった。否。そう思わなければ、自分を保てない。

 抗えなかったのだ。

 お郁が通り過ぎようとしたあの瞬間、鼻先をかすめた蠱惑の匂い。

 男を魅せる、甘い香だった。

 気がつけば、手が伸びていた。

 そうして。

 くちびるに感じた、やわらかな感触。

 腕の中にあった、女よりはやや硬めの、しかし、男というほどには硬くない、からだ。

 あの方が、殺せなくなったのも、無理はない。

 よみがえった感触に、小司馬は、刹那、足を止めた。

 コン――と、鹿威しの音で、我に返った。

 そっと覗きこんだ亡き主人の部屋には、しかし、お郁の姿はもとより、ひとの気配はなかった。

 もしや――と、掛け軸の裏を確認する。

 異常はないように見えた。

「明日、注意しておくか」

 行灯の火を吹き消した。



「大番頭さん」

 抑えられた声に、小司馬は、障子を開ける。

 二度寝するには中途半端な時間だったため、寝るのは諦めたのだ。

 縁側に、老女がひとり、正座していた。

「梅か。こんなに朝早く、お嬢さまに何かあったのか」

 昨日の今日だから、体調でも崩されたかと、いささか軽く考えていた小司馬は、

「お嬢さまが、どこにもおられません」

という梅のことばに、目を剥いた。

 まさか。

 いや、しかし。

 家を出て、どこへ行くというのだ。

 行くあてといえば、幼馴染の娘のところくらいだが。

「わかった。おまえは、いつもどおりに過ごせ。お嬢さまがおられないことは、誰にも知られるな」

 忠実な老女は、頭を下げると、庭から離れへ向かう。

 老女が築山の向こうへと姿を消したのを見て、そういえば、お郁はあの道を知っているなと、思い出す。

 火事になったときなどの用心の抜け道だ。

 昔はあそこからよく幼馴染の娘がやってきていた。

 今まで、あの道を使わずにいて、今頃突然。疑問ではあったが、ひとの心というのは、謎である。

 小司馬は、抜け道へと急いだ。

 そうして、お郁らしい少女が、浪人者らしい男といるのを、見つけたのだ。

 血がさがる。

 小司馬は、いつもは来られない男に代わって、お郁を見張るというのも役目のひとつだったからだ。

 あの男が、お郁に溺れているのは、確かだ。

 それで役目を忘れるような人格ではないと理解してはいても、家出を許した責は、自分にあるのに違いない。ましてや、お郁が、他の男に情を移すなどということは、決してあってならないことだった。

 小司馬は、

「こういうときにでも使わなければ、小遣いの無駄だな」

 小司馬は独り語ちると、出てきた抜け道へと引き返したのだ。

 足元には、既に息絶えた浪人者の骸が血溜まりに倒れていた。




ここまで。
レアに、書き上げただけアップしてるので、明日アップできるかどうか、謎です。
楽しんでくれてるひとがいるといいのですがね。

久しぶりに、日記写真をアップ。
Fさま、ロイです♪ 少しでも癒されてくださるでしょうか。
とっかりの毛皮の置物にじゃれてます。
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桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  7回目
「それじゃ世話になったな」

「もう少しいてくださってもよかったんですよ」

 玄関先で火打石を打ち鳴らしながら、女が言う。

「また、そのうちな」

 笑って玄関を出てゆく広い背中に、

「そっけないんですから」

と、つぶやいた。

 うっすらと立ち上がった霜柱をキュッキュと鳴らしながら、更木はまだ明けきらぬ町を歩く。

 町中を抜けて、人気のない川土手を歩きながら、どこぞで刀を調達しなければなと、眉間に皺を寄せた時、

(なんだ)

 更木は目を眇めた。

「離してください」

 悲鳴じみた声が、聞こえてきた。
 
 さして大きくはない鳥居の奥からのそれに、更木は、足を向けていた。

 鬱蒼とした木々に囲まれた境内は、ようやく空に全身を現した太陽に、照らし出されていた。

(あれは………)

 どこか記憶に引っかかる、丈の高い少女が、三人の浪人者に絡まれていた。

 まだ若い女がこんなところで、こんな時間に、なにをやっている――と、思いはした。しかし、見てしまった。

 ひと暴れするのも悪かないかと、更木は、騒ぎに近づいた。

「娘っ子一人に三人がかりたぁ、みっともない」

 嘲笑を含んだ低い声に、男たちが振り返る。

「邪魔をするなっ」

 刀を抜いた男から、

「なかなかよさそうな刀なだな」

 ニヤリと、奪い取る。

 奪い取って、撫で下ろした。

 一瞬の出来事だった。

 男は、なにが起きたかわからなかっただろう。

 自身から流れ出た血溜まりに突っ伏して、痙攣を繰り返す。

 ぞろり、舌で、乾いたくちびるを舐め湿した。

「次は、どっちだ」

 視線で、残るふたりを撫でるように見やる。

「でえい」

 自棄のように打ち込んできた浪人者を、避けて、後ろから背中を蹴る。

「ぐぇ」

 踏み潰されたカエルの断末魔のようなうめきをあげて、男は、たたらを踏んで繁みに突っ込んだ。フンと一瞥を投げかけ、刀の背で、自分の肩を叩く。

「どうする」

 あまりの手ごたえのなさに、興味は失せていた。

 女を背後から抱きかかえ、呆然としている男に、一歩近づく。

 気圧されて、男が、一歩下がる。

 腕の違いに脂汗を流していた男は、もう一歩更木が近づいたのをはずみに、尻に帆をかけた。途中、繁みに突っ込んだ仲間を助けることを忘れなかったのが、男の精一杯だったのだろう。

「くだらん」

 血溜まりに突っ伏している男の腰から鞘を取り、刀をおさめる。そうして、腰に差し込んだ。

 ぼんやりと立ち尽くしている女に、

「女ひとり、こんなとこにいたら、襲ってくれといってるようなもんだ」

 そら、家はどこだ。

 と、腕を握る。

 はっと、顔を上げた女が、更木を見た。

 血の気のない顔の中、褐色の双眸が、戸惑うように揺れている。

 厄介ごとに関わったか。

 思ったときだった。

「お嬢さま」

 境内の裏から、誰かが現われた。

 顔は、影になっていてわからない。しかし、記憶にある声だった。

 女が、首を横に振る。

 人を殺したばかりの男を、縋るように、見上げる。

 ちっ――とばかりに舌打ちすると、更木は、

「そら」

と、女の腕を引っ張った。



「惚れてる女のところに、他の女をつれてきますかね」

 綿入れを羽織った婀娜っぽい女が、更木と一緒に入ってきたまだ若い女を見やる。

「悪いな」

 ことばほどに悪いとは感じていないだろうふてぶてしさに、ふーと、溜め息をついて、

「ま、かまいませんけどね」

 女が肩を竦めた。

「それで、行くあては?」

 首を横に振る。

「喋れないのかい?」

「あ、すみません。お世話をおかけします」

 気づいたように謝る声は、低くかすれている。

「名前は?」

 女が、何かに気づいたように、目を眇める。

「お郁」

「あんた………男だね」

 お郁が、からだを震わせた。

「まさか」

 更木が、一笑に付す。

「あたしの目は、ごまかせませんよ」



ちょっと少な目。ほんとだったら、将軍さまが乗り込んできて、お郁ちゃんが悩んで、家出して~剣ちゃんに連れ戻されて~それでって流れになるはずなんですが。お郁ちゃん、珍しく自分から動いたねぇ。で、剣ちゃん、妙に、優しい? でも、やさしいでしょ、剣ちゃんって。ひと殺しとりますが………。助けるためですけどね。う~ん。違うかな?
フェアじゃない?
一応、魚里なりに入れてたつもりなんですが。
これは、ず~っと悩んでたんです。女の子のままでいくか、男の子にするか、でもって、半陰陽にするか。魚里は、どうも、半陰陽は書けない模様。ああ、これで、引き返せないvv
桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  6回目
「ちっ。うるさいはえどもだ」

 更木は、舌打ちをした。

 同心どもに見られたのはやばかった。

 しかし、

「久しぶりに、楽しかったがな」

 桓堆と仕合った手ごたえを、反芻する。

 まっすぐに寮に戻るのは、やばいだろう。

「しばらく、ほとぼりが醒めるのを待つか」

 更木は、濃くなりはじめた夜の帳に、身を翻す。

 向かった先は、なじみの女の家だった。

「あら。更木さま」

「しばらく厄介になる」

 女がうなづくのも待たず、更木が、草履を脱ぎ捨てた。

「あいからず、突然ですねぇ」

 女は慣れたものだ。

「お風呂とお酒の燗をたのみますよ」

 女中に言うと、奥の部屋へと、更木を促した。







 止水屋の死体が見つかったのは、三日前。

 まるで試し斬りでもされたかのような、無残ななりだった。

 浅野屋とも繋がりのある大店の主人の死は、大事件だった。

 弔問に訪れた浅野屋のお郁の存在ともあいまって、瓦版は飛ぶように売れ、あちらこちらで、噂話がひきをきらなかった。

「これで、浅野屋と昵懇にしていた商家の主人が、ふたりと、浅からぬ縁の者が、ひとり」

 ぱちりと音をたてて、駒を置く。

 ほたほたと、行灯の明かりが揺れる。

「なにもないと言うほうが愚かだろう」

 あまりにもあからさまに過ぎる。

「しかしですね、殿さま。昵懇にしていた商家の主人がふたりと申されますが、それは、穿ちすぎというものですよ」

と、船宿の一部屋に通された同心が、別の駒を、動かした。

「なぜだ」

 十手で背中を掻きながら、

「一ト月も、間が開いておりますよ。あちらは、袈裟懸けに一刀両断。こちらは、なます。しかも、三原にいたっては、心中ですからなぁ」

「しかし、すべて、浅野屋にかかわりがある」

 言いながら、桓堆が駒を取り上げる。

「あいた。待った、は、なしですか」

 同心が、桓堆を見上げた。

「なしだ」

 にやりと、桓堆がひとの悪い笑顔を見せた。

「それで、殿さまは、調べられたんですか」

「そうだ」

「で、なにか出ましたか」

「浪人がひとり」

「ほほぉ」

 同心の目が、キラと光った。

「脅しか本気か。俺を斬ろうとしたな」

「ああ、先ほどの一件ですね」

「左の額から顎にかけて、大きな一本傷のある男だ」

 将棋の駒をもてあそびながら、桓堆が、言った。

「殿さま」

 廊下側から声がかけられた。

 すっと障子が開き、祥瓊が現われた。

 将棋盤をずらし、膳を、ふたりの前に、据える。

「これは」

 同心が恐縮した。

 あたたかそうな匂いのする鍋が、火鉢と共に運ばれてくる。

「うまそうですな」

「やってくれ」

 言いつつ桓堆は、猪口を祥瓊に差し出した。

 くいと飲み干し、

「これは、どうだ」

「は?」

 手酌で酒を飲んでいた同心が、顔を上げる。

「止水屋はともかくとして、だ。その前に殺された、吉原屋、三原、それに、これは病死らしいが、浅野屋の主人。全員が、止水藩の出身だ」

 それに、同心の目が見開かれる。

「どうだ、これでも、まだ、偶然だと?」

「止水藩と言いますと………」

 なにやら眉間に皺を寄せて、同心が記憶を探る。

「そうだ。十数年ほど前に、王城普請の不手際から領地換えを命じられ、大藩から小藩へと格下げになった」

「ああ。あの折には、たくさんの止水藩の武士が、浪人に身を落とすはめになり、巷にあふれかえって手がつけられなかったと記憶しております」

 祥瓊が鍋からほどよく煮えた具を皿に取り、桓堆に手渡す。

「何かあるような気がしてこないか」

「胡散臭いというか、きな臭いというか」

 同心が腕組みをして、首を肩に埋める。

「そうだ、祥瓊」

「はい」

「一度、おまえの幼馴染と話をしてみたいのだが」

「あ……はい」

 祥瓊は、ほとんど忘れかけていた、午後の光景を記憶の奥に押しやりながら、桓堆の差し出した猪口に、酒を注ぎ足した。







説明説明xx
しかも、少々短めです。
え~と、領地換えになったら、藩の名前も変わるような気がしますが。どうなんだろ。ご愛嬌ということで。
フナ鍋、あるのか? まぁ、フナとなると、鯉の親戚だしな。あるとしておいてください。


◇雑記◇
 変な話?
 や、BLを読んだり書いたりしてる者として、前々から微妙に気にかかっていたことのひとつに、実は、前立腺というものがありました。
 女性にはないなと、わかっていたというか、推測していたというか。女性には不要な気管ですからね~どう考えても。ですから、まぁ、男同士のそういうのって、ほんっとに、BLであるみたいに、その、感じるのかというあたりが、疑問だったのですよね~。や、疑問が解けましたというか………。やはり、その、医学的(?)にそういう現象を促す箇所でありますから、触れられるとそれなりのというか、男性の機能へのダイレクトな衝撃はあるのだそうです。が、それを、心地好いととるかどうかは、どうも、千差万別というか個人差があるらしいのです。感じるひとは感じるけど、痛いとしか感じないひともいるそうで。結局、根気よく慣らしてゆくと言うのが、必要だそう。
 謎が解けてよかったと思う反面、うちで扱ってるキャラたちは、根気よく慣らさないといけない性質のひとばっかだなと///
 や~すぐに悶えるタイプより、やっぱねぇ、肉体的にも精神的にもそれなりの抵抗があって、少しずつおとされてくって言うのが、萌えだと思うのですよ。魚里は、そういうのが好きですvv でもって、究極というか、浅野くんは、慣れないというのが、魚里の中ではほぼ決定事項なのだった。――や、なが~い生ですから、そのほうが、昇紘さんも、飽きなくてよかろうかと。あ、鬼ですね、魚里ってば。やっぱり。

◇追記◇
 変な夢。
 前にも、四肢を切断される夢を見たことある魚里です。こりは、なんか、明治時代くらいが舞台で、魚里は振袖姿。相手は、刀を翳して、魚里の四肢を切断するという。
 今回も、なんかそんな感じの夢。
 微妙に、ホラー系の雑誌に載ってそうな漫画チックな内容で、どっかのお医者にいったら、そこで、麻酔もされずに少しずつ神経つつかれながら、解体されてくって夢。で、三人で行って、一人がされてる間に、魚里と別の女の子は、玄関まで逃げて、ドアを開けて逃げるのだ。多分逃げれたと思うのだが。しばらく経ってるので、あやふや。
 犠牲になってる女の子が、「いたいよ~」と、泣いてるのが聞こえてくるのが、夢ながらヘビーでありました。
桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  5回目
 血が下がる。

 見てはならないものを見ている。

 祥瓊は、頭の中で鳴りつづける警鐘に、その場を後にした。

 お郁ちゃんが………。

 それ以外は、何も考えられなかった。

 どこをどう歩いていたのだろう、

「祥瓊」

 耳に心地好く響く声に、祥瓊の物思いは、破られた。

 まるで、悪夢から醒めた心地で、自分を見下ろす深い青の双眸を見上げた。

「殿さま」

「眉間に皺を刻んでいたら、別嬪さんが台無しだぞ」

 にやりと笑われて、祥瓊は、うつむいた。

「どうした」

 いつもの祥瓊なら、「いやな殿さま」とつぶやいて、ぱしんと肩を叩いてくるだろう。

「具合でも悪いのか」

 さりげなく肩に手を置き、手近の茶店に、誘った。

 小さな茶店の中は、ほどほどに席が埋まっていた。

 ふたりは、畳敷きの机に向かい合って座った。

「生姜湯ふたつ」

と、桓堆が、声をかける。

 やがて運ばれてきた湯飲みを受け取り、祥瓊に差し出す。

「そら」

「すみません」

 受け取る姿も、しおらしい。

 湯飲みを両手で包みこみ、

「あったかい」

 ようやく、祥瓊が、少しだけ微笑んだ。

「なにがあったか知らんが、冷え切っていたじゃないか」

 くるくると割り箸で生姜湯を掻き混ぜながら、

「ちょっと、びっくりすることがあったんです」

 祥瓊がつぶやいた。

「俺に話せることか?」

 桓堆のことばに、

「………殿さまにも、話せません」

 祥瓊は、口をつぐんだ。

「そうか…………」

 生姜湯を飲み干し、桓堆は、店の親爺を呼びよせる。

「すまんが、名物の酒饅頭を四つほど包んでくれ」

 腰を折って、親爺が、奥へ消えてゆく。

 祥瓊は、ちびちびと、生姜湯を飲んでいた。

 親爺が、すぐに奥から出てきた。手には、竹の子の皮の包みがあった。それを受け取ると、

「飲んで終わったか、祥瓊」

「え?………はい」

「なら、釣りに行こう」

「は? ちょっと………殿さま、釣りって…………竿も魚篭も持ってないじゃ」

「おまえの親父さんのところにならあるだろう」

 そう言うと、祥瓊に包みを押しつけて、手を引っ張った。



 先ほどから小半時、ふたりは、祥瓊の家で借りた小舟の上で、中りを待っていた。

 日は傾き、はじめている。もう少しすれば、あっという間に、暮れてしまうだろう。

 小舟は、桟橋から動いてはいない。

 祥瓊は、桓堆が、釣り糸を垂れているのを、黙って眺めていた。

「あ、殿さま」

「しっ」

 祥瓊が指し示す先では、浮きが上下に揺れていた。

 ころあいを見計らって、桓堆が、竿を引く。

 糸の先では、フナがぴちぴちと跳ねていた。

「大きい」

 糸を手繰り寄せて、桓堆が、フナを魚篭に入れる。

「おまえの親父さんに捌いてもらおうか」

「鍋にしましょうか」

「そうだな」

 言って、桓堆が、顔をほころばせた。

「なにか?」

「やっぱり、笑っているほうがいいな」

「はい?」

「美人はどんな時でも美人だが、やはり、笑顔が一番だと、そう言ったんだ」

「………」

 祥瓊が、空に負けないほど真っ赤になる。

「そら。行こうか」

 うろたえる祥瓊の手を引いて、桓堆は、小舟から降りた。
 
 トクトクと、祥瓊の胸が高鳴る。

 桓堆に握りしめられて、祥瓊の手が燃えるように熱い。

 このままでいたい。

 半歩先を行く桓堆の広い背中を見つめて、祥瓊は、そう願わずにいられなかった。

 ふと、桓堆の足が止まった。 

「殿さま?」

 握りしめていた手が離され、すっと、桓堆が、祥瓊の前を遮る。

 そっと桓堆の脇から前を確認すれば、いつか見た、大きな傷のある浪人が、いた。血にも似た夕焼けが、やけに、似合って見えて、祥瓊が、身震いする。

「おまえさんが、退屈の殿さまとかいうふざけたヤツかい?」

 からかうような声に、

「そうだが?」

 桓堆が平然と返す。

「止水屋の一軒、色々と嗅ぎまわっているようだな」

 ナマスに刻まれた止水屋の死体が見つかったのは、三日前のことだ。

「あれは、おまえの仕業か」

「まさか。町人をやったところで、腕が上がるでなし」

 クツクツと、喉の奥で、笑いながら、男が言う。

「なら、何の用だ」

「あんたと一度、仕合ってみたくてな」

「殿さま………」

 祥瓊の声に、更木は存在にはじめて気づいた風情で、

「ああ、別嬪さん。あんたはちょいと邪魔だなぁ」

と、そう言った。

 桓堆と更木とを見比べる祥瓊に、

「しかたない。祥瓊、これを預かっていてくれ」

 魚篭と釣竿を手渡して、そっと、木の陰に押しやった。



 鞘から抜いた剣が空気を切り、打ち合わされる。

 鋭い気合いが、鋼の打ちおろされる音の合間に、聞こえる。

 隙のない身のこなしで、ふたりの男が、剣を振るう。

 それはまるで、踊りのようでもあった。

 命を賭けた、死の舞踏である。

 更木が刀を大きく振りかぶり、桓堆の頭上に振り下ろす。

 間一髪、刀で受け止め、撫でるように押し返す。手首を返し、反撃に出る。

 剣戟の音が、間断ない激しいものになる。

「殿さま………」

 桓堆は負けない。

 そう信じてはいても、怖ろしくて、からだが震えてくる。

 刀を交えるふたりを取り巻いているのは、剣気だろうか。触れれば、斬られてしまいそうで、おいそれと第三者が介入できるものではない。

 力が均衡していた。

 鍔迫り合いになっていた。

「強いなやはり」

 更木が、至近距離からにやりと笑った。

「お主もな」

 受ける桓堆も、また、口角を引き上げる。

「ゾクゾクする」

 更木が、剣を押しやろうとする。

 ギチリと鋼の擦れ合わさる音がたつ。

「いいぜ。いいなぁ、強いヤツとやる殺し合いは」

 更木の細い目が、陶酔に近い色を宿す。

「こちらは、いささか迷惑だがな」

 渾身の力を込めて、桓堆が、刀を返そうとする。

 力の均衡が破れたときが、勝負だろう。

 どちらが、均衡を破るのか。ぎちぎちと、刀が、武者震いにも似た音をたて続けていた。

「こちらです」

 数名の足音が、対峙の時を破った。

 互いが互いを押しやり、瞬時に、飛び離れる。

「やぁっ!」

 気迫の突きを、更木が、出す。

 構えたとも見えない桓堆が、突きを、かわした。

 きぃんと、冷たい音が響く。

 更木の刀の半ばから先が、折れて、地面に突き刺さっていた。

「くっ」

 更木は、大刀を投げ、脇差を抜いていた。

「なにをやっている」

 走り寄って来る数名に、

「邪魔が入ったな」

 桓堆が、刀を一振りして、鞘に戻した。

「しかたない」

 走ってくるのが同心だと気づき、更木は、脇差を鞘にもどした。

「この次は、邪魔が入らないところでな」

 そう言うと、折れた刀と切っ先とを拾い、更木は、その場から去ったのだった。

「物騒なヤツだな」

 苦笑を漏らし、桓堆が祥瓊を振り返る。

「殿さま」

 祥瓊から釣り竿と魚篭とを受け取ると、桓堆は、肩を竦めて、同心たちを見やった。



ここまで。
ちょっち、剣ちゃんの喋りが、がギンちゃんっぽいかなぁ。いや、彼は関西弁だったな。セーフ?
将軍さまは泰然自若。
やっぱ、浪人さんは、同心が来たら、逃げるかなぁ。一応人殺しを生業としてるからな。
祥瓊女史を町むすめっつーのは、やっぱ、失敗だったな。う~ん。連載が終わったら、オリキャラに直してアップするべきかも知れん。


桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  4回目
 勝手知ったる―――――である。

 十年も昔になる。父のところに、浅野屋の旦那さんが来て、祥瓊を娘の遊び相手に寄越してもらえないか―――と、言ったのだ。

 毎日のように、遊びに行った。珍しい玩具や、美味しいお菓子。綺麗で不思議な舶来の調度品。毎日見ていても、飽きなかった。もちろん、お郁とも仲良くなった。

 お郁は、頼りないくらいぼんやりとしていて、やさしい。町一番の大店のお嬢さんなのに、どこか、遠慮がちで、おどおどしているところもある。なにを提案しても、『いいよ』としか言わなくて、それが癇に障って、何度かきつく言ったこともあった。けれど、怯えたような顔を見ていると自分が苛めているみたいで、居心地が悪くなるのだ。

 はしゃぎすぎた祥瓊が、人形を欠いてしまっても、簪を踏み折ってしまっても、怒ったことなどなかった。

 そういえば、髪に挿している気に入りの桃色珊瑚の簪は、お郁とお揃いだった。

 最近では、桓堆のことで忙しく、お郁のところから足が遠のいていた。

 かどわかされそうになったときに助けてくれた、お武家さまの話をよくした。

『桓堆さまっていうお名前でね、とっても男前で、とっても気風がよくって、腕が立つのよ』

 縁側に腰掛けて、祥瓊が助けられたいきさつを語って聞かせると、

『絵草子みたいだね』

と、相槌をうってくれた。

 憧れが、恋に育つのなんか、簡単だ。

 父の船宿の常連だと知ったのは、すぐのこと。

 今では、お屋敷に出入りが自由なくらい、気心が知れた仲になっている。と、祥瓊は自負しているのだが、桓堆は、飄々として、容易に内心を悟らせないのだ。

 気風がよくて腕がたって男前。そんな男のひとを一人でふらふらさせるなんて、トンビに油揚げもありかねなくて、目が離せない。しっかり捕まえてしまいたくて、お郁のところに顔を見せるのは、桓堆が留守のときくらいになってしまっていた。

 それでも、お郁は、いやな顔をしないで迎えてくれる。

『なにか、心配事があるのなら、桓堆さまに相談に乗ってもらったら』

 遺言がでてきたときのお郁のようすに、祥瓊はそういいつづけた。

 しかし、

『うん………』

と、お郁は煮え切らなかった。

 もっと、強く勧めたらよかった。

 お郁の性格は、よく知っている。

 悩み事をひとに話すのは、よっぽどのことがなければ、しない性質だ。

 それなのに、軽く考えていた自分に、祥瓊は、一人、後悔していた。

 お郁の部屋への抜け道を、祥瓊は、覚えている。お郁の部屋は、独立した別宅のような造りになっていた。母屋とは築山を挟んで離れた位置にある。生垣に囲まれて、外からは、ちょっと、わからないようになっていた。そこで、ばあやさんとじいやさん、それに、ねえやさんが、お郁の身の回りの面倒を見ていた。お金持ちって凄いなぁと思ったものの、同時に淋しそうだった。

 川原で見かけたときのお郁のようすが、頭から離れなかった。

 魂が抜けたかのようで、戸板の上の三原よりも、一層のこと死人のようだったのだ。

『ここからだったら、祥瓊ちゃんがおっかさんやおとっつぁんに叱られた時、誰にも見られずにここに来れるよ』

 昔、泣き腫らした目をしていた祥瓊に、お郁がそういって、悪戯っぽく教えてくれたのが、築山の裏に通じている、抜け道だった。お郁の部屋からは、築山の裾にちょうどひとくらいの大きさのある岩が三つ見える。その奥に、ちょっと見ではわからないような抜け道が隠されていたのだ。

『教えたって、内緒だからね』

 泥棒が知ったら、入っちゃうしねと、祥瓊は、誰にも喋っていない。

 たまに、桓堆が留守だったりしたときに、思いついたようにお郁のところを訪ねたりもしたが、いつも、お店の誰かに確認してから、勝手口に回っていた。

 そういえば、いつから、抜け道を通らなくなったのだったろう。

 教えてもらった当初は、ドキドキしながら、抜け道からお郁のところに遊びに通っていた。

 それが、どうしてだったろう。

 ああ、そうだ。

 いつだったか、薄暗い抜け道を通っていたとき、黒い、見知らぬ男とすれ違ったのだ。

 とっさに、土壁の窪みに、しゃがみこんだ。

 気づかれなかったと思う。

 暗い抜け道は、ところどころ壁にぽっかりと凹みが開いていて、そこは、一層暗い影になっている。

 男が、消えるまで、祥瓊は、息を殺して待っていた。男が消えると同時に息をついた祥瓊は、なにか、不思議な匂いを嗅いだ。それは、しんと湿った抜け穴の土臭い匂いと交じり合って、奇妙な余韻を祥瓊に覚えさせたのだった。

 我に帰った祥瓊は、浅野屋のお店まで、必死で走った。泥棒だったら大変だと、そう焦っていたのだ。焦ってはいたが、しかし、同時に、抜け道には、あれ以上いたくなかった。

 必死だった。けれど、浅野屋にたどり着くころには、なぜだか、誰にも喋ってはいけないような、そんな気がして、そうして、いつものようすを取り繕い、祥瓊は、勝手口から入ろうとした。

 そうして、その日にかぎって、

『今日はお郁お嬢さんは体調を崩されておりますよ』

と、前々から苦手にしていた大番頭に、言われたのだった。

『お見舞いに顔を見るだけにするから』

と、そういうのもやっとだった。

 ちょっと待ってくださいよと、一度奥に消えた大番頭が、かなり経ってから戻ってきて、祥瓊は先導されたのだ。今更どうして大番頭に案内されるんだろう――漠然と考えたことを覚えている。そうして、祥瓊は、いつもの部屋で、見たことがないくらい青ざめて布団に横たわっているお郁を、見たのだった。

『どうぞ』

 大番頭に促されて一歩部屋に入った祥瓊は、ふと、足を止めた。

 鼻先をかすめた香に気がついた。

 鼻の下まで夜具を引き上げたお郁が、やけにやつれて見えたのを覚えている。

 真っ赤に腫れた目が、気だるそうだった。



 あれは、お郁と祥瓊が、十四になるやならずのことだった。



「そんな………」

 目の前の光景が、祥瓊には信じられなかった。

 喪中の証の、暗い色の着物を身にまとったお郁が、見知らぬ男に背後から抱きしめられている。

 祥瓊がいる抜け道の出口からは、お郁の色をなくした表情がよく見えた。

 耳もとになにかささやかれたらしい。お郁が、震える。

「そ、んな、ことっ」

 聞いたことがない、お郁の激しい口調に、祥瓊の目が、瞠かれた。

 お郁は抗っているのだろう。しかし、男からは、余裕さえ感じられる。

「――――」

 男の口が、ことばを紡ぐ。

「できるわけないって、あなたが一番知っているじゃないですか」

 悲鳴じみたお郁の声が、祥瓊にまで届いた。

「――――」

 男が、目を細めて、嗤う。

 そのまま、お郁を仰のかせて、くちびるを合わせた。

 お郁の抵抗を楽しんでいるかのように、男の空いたほうの手が、お郁のからだの上を、滑った。

 
とりあえず、ここまで。
う~ん。完成するのか、これ。
浅野くんもとい、お郁ちゃんが、我ながら可哀想ですね。
彼女の抱えている秘密とは?
桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  3回目
 あの男―――。

 酒を呷っていた更木は、廊下を歩く男を見やった。

 意外とできるな。

 町人のなりをしてはいるが、かなりの手誰と見た。……面白そうだ。

 ぞろり――くちびるを、赤い舌が舐め湿す。

 他の男たちは、止水屋をしとめるために奥に行っている。しかし、止水屋ひとり殺るのに十人からの浪人が要るわけもない。

 ものぐさを決め込んだ更木である。

 ここにいれば強い男と仕合える――との思惑が、ここのところ、外れまくりである。

 どうせいのちの遣り取りをするのなら、強いヤツがいいに決まっている。

 あいつ。あの川原ですれ違った、青い目の男と、ヤりあってみたい。

 ゾクゾクするような充実感を想像し、更木の背中が、粟立った。

 廊下を歩いていた男の足が止まったのは、その時である。

 振り返った男と、更木の視線とが、ぶつかる。

「おまえは、行かなかったのか」

「たかだか町人ひとりヤるのに、俺の腕は高くつくぞ」

「そうか」

 フッと片頬で笑われた気がして、

「なら、仕合ってみるか」

と、刀の鍔に手をかけた。

「遠慮しておこう」

 そう言い置くと男は、背中を向けた。

 相手にされなかったことに憮然となって、

「次の獲物は、強いヤツにしてくれ」

と、男の背中に向かって、更木は叫んだのだった。







 お郁はぼんやりと、庭を眺めていた。

 三原の葬儀は、お郁が出した。

 誰もが、彼女のことを腫れ物に触れるようにして、接してくる。それが辛くはあったが、やめてくれという気力もなかった。

 食欲もない。

 眠れない。

 何かをしようという気力すら、わいては来なかった。

 池のほとりの水仙が、ゆらゆらと、揺れている。その動きに誘われるかのように、お郁は、ふらふらと庭下駄を突っかけた。

 池の岸にしゃがみこみ、水仙のはなびらに触れる。

 なんだろう。

 心の中、凍りついたものがある。

 涙は、一滴も流れない。

 父――――と、ずっと、信じていた。

 あれが、父だと。

 しかし。

 戸板に乗せられていた三原の顔を見た刹那に、お郁を襲ったのは、忘れ果てていた、昔だった。遠い、松林の中の光景である。かつての、自分の、すべてだった。

 加古たちの悲鳴と、血しぶき。

 自分をかばう、胸の鼓動。

 張り裂けんばかりだった、胸。

 顎を持ち上げられた時の痛みすら、甦っていた。

 見下ろしてきた、視線の、怖さ。

 これまでの自分が音たてて砕けていった。いや。砕けるほどのものなど、自分は、育ててはいなかったのにちがいない。そう。自分は、ただの、

「だたの、人形…………」

 お郁のくちびるが、ひきつれる。

 身の内からこみあげてきたものに、お郁は水仙を力任せに握りしめていた。

 音をたてて、引き千切る。

「惨いことをする」

 背後からの声に、

「あなたになど、言われたくありません」

 振り向きもせず返し、手にした水仙を投げ捨てた。

 池の水面に波紋が広がり、男の顔が、揺らいだ。

「なにを、拗ねている」

「拗ねてなど、いません」

「悔やみを言いに来たのだが」

「結構です」

 肩にかけられた手を跳ね除けようとして、逆に握られた。

「やめてください」

 無理に立ち上がらされて、背後から、抱きしめられる。

「イヤです。もう」

 振り払おうにも、力がはいらない。

「三原に、操立て………か?」

 キリキリと力を込められて、お郁の気が、遠くなる。

「あなたの仕組んだこと――――でしょう」

「私が?」

「ちがうとでも?」

「違うな。私がおまえを他人に抱かせるわけがないだろう」

「…………」

「三原に、抱かれたのか」

 耳もとでささやかれて、お郁が、震える。

 声色にそれまでの、揶揄するような調子ではなく、本気を感じて、

「そ、んな、ことっ」

 力任せに、抗った。

 しかし、男には、微塵も堪えてはいない。

「どうした?」

「できるわけないって、あなたが一番知っているじゃないですか」

「そうだな」

 男が、喉の奥で、笑った。


 
今のところ、ここまで。

◇雑記◇
 時代物もどきを書きながら、そういえばこれまでどんな時代物読んでたっけなぁと、記憶を辿ってみた。
 一時、現実逃避で時代ものに転んでた時があるのですが。
 なつかしの、春陽堂文庫にはよくお世話になりました。同文庫で、名前を思い出せなかったのですが、ようやく思い出せた時代物作家さんに、山手樹一郎というひとがいたような記憶があるんですが。多分、文庫では、遠山の金さんか何かを書いてたような………。あやふやですけどね。で、同じく、江崎俊平さん。このひとのは、時代物版ハーレクインロマンスと言ってもあながち間違いではなかろうかとvv 好きでしたねvv お城を抜け出した若様が、町で知り合った女の子とハッピーエンドとか。そればっかりじゃなかったですが、魚里が読んでたのは、案外ラストは大団円でしたね。山手さんが朱色に錦絵風のカバー(だったはずだ)だったのに比べて、藤色か水色に水彩画風のカバーの色に、なよやかな女のひとと、凛々しげな男の人がほとんどだったと記憶してます。取っ掛かりは、カバーイラストからでしたからね~江崎さんの場合vv
 んでもって、角川文庫から出てた、「流され者」という、時代物。多分、小説ジュネで、紹介されてたような記憶がvv たしか、ピカレスク物だ。主人公が強烈な、バイセクシュアルで、八丈島の権力者だかなんだかのお侍さんで、気に入った男のひとをそういう相手にしてました。が、同時に、やっぱり流されてた女医さんにめろめろに惚れてしまうんですよね。手酷く振られまわってるのに諦められず、その情欲が、件の男性に向かってたようなxx 色悪っぽいような、破天荒なような、サディストなような、複雑奇怪な主人公は、坂本竜馬の親友という設定でした。うん。羽山信樹さんって作家さんの作品だったかなぁ。全三冊か四冊くらい。
 あとは、南條範夫さん、池波正太郎さん、柴田錬三郎さん、ですかね~。宮部さんは、最近になってからです。
 時代物……ああ、京極夏彦さんもですかね。うん。
 しかくのさんという漫画家さんが、「嗤う伊右衛門」を漫画化されてるのを、入手して読みました。一番の理由は、しかくのさんが、好きなんですが。最近、ASUKAには描かれてないんですねぇ……って、ミステリーDXがなくなっちゃってますもんねxx で、魚里は、原作未読なのですが、「巷説」シリーズの又市さんの過去とリンクしてるらしいという情報は入手していたのです。もっとも、単純に、伊右衛門=又市? とかって考えてただけですが。はずれ! 御行しておりました。でもって、これ読むと、原作読みたくなります。枚数制限されてるのが一番の理由でしょうが、想像力で行間を補わんとわかりずら過ぎるんですよね~。が、ものは、ミステリ系ですから。謎が謎よぶっつーかなんつーか。思わず原作買おうかと迷ったくらいですから。そのうち買うかもvv

 最近やってみたいゲームが、DSなんちゃらの、脳を鍛えるってやつですが。本体持ってないので、無理。買う気力もなし。姪が持ってるので、別に借りればいいだけなんだけどね。それも面倒でxx ああ、気力がvv 大体、今、魚里がやってるゲームって、なつかしの、テトリスだもんよ。某大型スポーツ用品店で、偶然見つけて半額で買ったの。500円というのが、泣けると思う。こういう単純なの、嵌るんですが。ヘボだから、低得点です。
桓祥? + 昇浅 + 剣ちゃん(ゲスト)  2回目
「退屈の殿さま」

 慌しく広縁から呼びかけてくる声に、桓堆は、布団をはぐって起き上がった。昨夜は少し、酒を飲みすぎたのだ。

「なにごとだ、騒々しい」

 障子を開けると、すがしい美貌の少女が、勿体無いほど顔を歪めて、彼を見上げる。

「殿さま、はやく、はやく」

「どうしたというのだ。いったい」

 頭を傾げながら、寝巻きを着替える。

 その間、祥瓊は、庭を眺めていた。

 帯に刀を落とし込み、

「そら。準備はできたぞ」

 ぐいと手を握られて、足早に歩く祥瓊に、桓堆はおとなしく従ったのだった。

 川原に集まった野次馬を、十手持ちが追い払っている。

「そら、あそこです」

 野次馬を避けていた桓堆が、ふと、足を止めた。

 すれ違った、浪人風の男の動きを、目で追う。

 すれ違いざまに目に飛び込んできた、顔面左半分の大きな傷が、桓堆の脳裏に、刻み込まれていた。

「どうしました?」

「……あの男」

「あのご浪人さんが?」

「血のにおいがする」

 野次馬に紛れてゆく背中は、痩せぎすで飄々としているかのようだが、隙がない。

 そう言った桓堆のことばがとど来たわけでもないだろうが、浪人が、ふと振り返った。

 細い目が、桓堆の紫紺のまなざしとぶつかる。

 にやり。

 浪人の薄いくちびるが、笑いを刻んだ。

「ほんと、おっかない」

 ぶるぶると胴震いをしながら、祥瓊が、桓堆の腕にすがりついた。

 戸板に乗せられて運び去られようとしていた骸から、筵を少しだけ、桓堆は、はぐった。

「なにを……」

 注意の声が、途中でやまる。

「これは、青さま」

 同心が、桓堆に、腰を折った。

 もうひとつ、後から続くと板の筵も少しだけ持ち上げ、

「心中か?」

 町人風の身形をした死人の青白い顔を見下ろして、桓堆は、訊ねた。

「そのようですが………」

「お郁ちゃん!」

 祥瓊の声に振り返れば、死人よりも青い顔をした、女にしてはいささか丈の高い少女が、いつの間にか、一同の傍らにぼんやりと立っていた。

 少女がその場に膝をつきそうになるのを、桓堆は抱きとめた。

「お嬢さま」

「そのほうは」

 同心が尋ねるのに、

「はい。手前は、小司馬、浅野屋の大番頭を勤めております。こちらは、お郁お嬢さんです」

 後からやってきた、番頭風の男が、腰をかがめた。

 まだ去らずに集っていた野次馬達が、あれが――とばかりに、町一番の商家の令嬢を、眺めやる。孝行娘との評判ばかりが一人歩きをして、お郁本人は、人前に出たことがなかったのだ。

「仏に、見覚えがあるのか」

 同心の質問に、お郁は、震えるばかりだった。

 場所を、番屋に移して、同心が尋ねるのに、

「お郁お嬢さんの婿に間違いございません」

と、大番頭が代わって答える。

「では、女のほうは」

「そちらは、さて。存じ上げませんが」

「お郁もか」

 同心の声に、お郁の頭が、こくりと、大きく揺れた。

 誰も、そんな、お郁のようすを不審に思いはしない。なぜなら、浅野屋の跡取り娘が婿を迎えたのは、ほんの十日ばかり前。並びの町屋向かいの町屋総てにご祝儀が振舞われた、それは、盛大なものだった。

「お郁ちゃん」

 祥瓊が、痛ましそうに、お郁の背中を、そっとさすった。







「なんでも、三原某は、前からあの女とはじっこんで、仲人を頼まれていた、浅野屋とは縁の深い、止水屋の主人に、婿に入るまでには、身辺を整理するようにと散々言われていたようですな。なにがしかの切り餅が……あ、これは、浅野屋から出たようですが……女のほうに手切れとして渡されていたようですが。あにはからんや。どうやら、婿入り後も、関係は続いていたということですな」

 同心が十手で肩を叩きながら、桓堆に、話すのを聞いて、

「かわいそうな、お郁ちゃん」

 祥瓊が、顔をゆがめた。

「関係が続いていたなら、別段、心中する必要はないだろう」

 刀の手入れをしながら、桓堆が、口にする。

「それなんですが。大番頭が言うには、三原は、女のところに通っているのをあまり隠しもしなかったようですな。もっとも、お郁のほうは、世間知らずの深窓のお嬢さんですから、気づいてもいなかったようで。逆に、仲人の止水屋のほうが、慌てたようです。いくら浅野屋の前の主人の遺言があるからとはいっても、女と切れなければ、浅野屋から追い出す。無一文でね。と、まぁ、膝詰め談判をしたのだそうですよ。それが、あの前の晩のことだったらしいですが」

 刀を矯めつ眇めつ眺めやり、鞘にもどす。

「すべては、お郁という娘の知らぬところで話が進められたのだな」

 ぽつりと、桓堆が、つぶやいた。

「はあ。ですが、皆、あの娘に良かれと思ってのことでしょうからなぁ……。あ、これは、どうも」

 同心が、祥瓊が差し出した茶を飲み、ぽりぽりと着物の襟元を掻いた。







「うまくいきましたな」

「これ以上なく」

 行灯がひとつぎりの、あまり広くもない部屋では、男がふたり顔を突き合わせていた。

 堪えても、笑いが漏れるらしく、二人の肩は小刻みに揺れている。

「これで、お郁お嬢さんは、結婚なさったことになる。浅野屋の身代とは別に、例のものも自由に動かせるようになったわけです」

「例のものは、お嬢さんが結婚して一人前になってからとは、浅野屋の先代も、面倒くさい遺言を残しましたな」

「お嬢さんが結婚なさるはずがないというのを重々承知の上ですよ。だからといって、偽の遺言を作って、偽の婚約者を仕立て上げるとは、止水屋さん。相当の、悪ですよ」

「これで、お嬢さんは、私の頼みを聞いてくれるでしょうな」

「さて、それは、どうでしょう。あの方がおられますから」

「あの方!」

 止水屋のからだが、小刻みに震え始めた。

「お嬢さんは、三原さんの件は、あの方と私の策だと考えておられるようですが」

「あの方に、バレやしませんか」

 止水屋が、小司馬を見上げた。

「止水屋さん、今更でしょう」

「は?」

 突然雰囲気の変わった小司馬に、止水屋が、不思議そうな顔になる。

「あの方は、承知しておられますよ」

 小司馬の薄いくちびるが、引き連れるように、歪んだ。

「しょ、しょうし………」

 止水屋が、小司馬から、遠ざかろうと、尻で、いざる。

「あの方は、あなたが邪魔――なのだそうですよ。あなたは、知りすぎている上に、野心家だ……小心者のくせにね」

「謀ったな」

 床の間の柱にすがって、立ち上がろうと藻掻く止水屋を、座したまま見上げて、小司馬は、

「先生がた。お願いしますよ」

と、凄んだ。

「ひっ」

 障子が、襖が、小司馬の声に、一斉に、開かれる。

 小司馬は、立ち上がり、

「片付けてくださいな」

 そう言うと、背中を向けた。

「おい、大番頭さんよ」

 縦も横も大柄な男が、小司馬に近づいた。

「なんだ」

「ほんとに、止水屋を殺してもいいのか」

「殺した後に聞くか」

「いやぁ、ほら、俺らは今まで、止水屋に飼われてたからな。小遣いをはずんでもらったのはいいが、これから先が―――」

「心配するな。今までどおり、おまえたちはここにいればいい」

「は?」

「ここは、元々、浅野屋の寮だからな」

 目が点になるとは、このことだろう。

「止水屋は、考え違いをしていたんだよ。少しな。おまえ達は、今までどおり、ここにとぐろを巻いて、頼まれたときに、仕事をしてくれれば、それでいい」

「そうかい」

「ああ」


こんな感じ。
祥瓊女史に、アダっぽい町娘っつー役は似合わんなぁと思いながら書いております。

◇◇今日のロイ◇◇
 「今日のロイ」って、一括変換すると、「今日呪い」となってしまってやりきれない魚里です。
 なんか訴えてるなぁと思ったのですが、別に思い当たる節がなくて、「ポチタマ」を見ていた魚里の視界の隅で、ロイは、洗面所にあがってた。
 しばらくして、祖母が風呂から上がったのですが。
「誰か知らんけど、洗面所でうんちしとる」と。
 先ほどの視界の映像が頭をちらつき、なにごとか訴えてたロイを思い、咄嗟に確認。はい。みごとなうんち。
 ついでに猫トイレも確認するも、いつもより汚れてないくらい。
 なんでやねんと、ポチタマ、まさおくんの旅を途中でほっぽり出して、ロイのうんちの処理と、猫トイレの掃除をする魚里でした。
 ロイくん、君のちっこい脳みそはいきなりトイレを忘れたのかね?



コラボ 十二国記+鰤~チ(ゲスト剣ちゃん)
 真っ赤な陽が傾く。

 血にも似た夕焼けに、男の鋭く尖った顔が、染まる。

 額から顎にかけて、顔の左半分に走る刀傷が、印象的な男だった。

「ふん」

 手にした刀を一振りし、鞘に戻す鍔鳴りが、かすかに響いた。

「つまらん」

 足元に倒れている、身形のよさ気な町人をもはや一顧だにすることなく、男は、踵を返した。

 人を殺した気負いも何もなく、男は、ただ、飄々と、歩いていた。

 途中酒屋で酒を買い求めると、男は慣れた足取りで、とある大店の寮の門をくぐったのだ。

 板の間敷きの広い部屋に入ると、徳利の栓を抜き、直口で酒を呷る。

 座る間もあらばこそだった。

 十人からいたる浪人たちが、胡坐をかいた男をちろりと遠巻きに眺めやる。

 徒党を組むをよしとしない男は、彼らと同じく町人に飼われていると言うのに、異彩を放つ。野良犬とはぐれ狼ほどの差異が、そこには、常に存在していた。

 ことさら大きく響く足音が、廊下を近づいてくる。

 開け放たれたままの障子から、厳つい男が現われた。縦にも横にも大きな男が、

「おう、更木、首尾はどうだ」

 からだに似合った胴間声を張り上げた。

 更木と呼ばれた男のつり上がり気味の細い目が、男を捉える。

「誰に訊いている」

 不機嫌そうに返して、酒を呷る。

「次は、もっと手応えのあるヤツにしてくれ」

 でなければ、動かんからな。

 そう言って更木は、そのまま後ろざまに大の字になると、目を閉じた。

「更木さまは、あいかわらずですな。剣呑剣呑」

 男の後ろから顔を覗かせた町人が、わざとらしく、からだを震わせた。







 旗本の屋敷の中でもひときわ目につく門構えの屋敷が、退屈の殿さまこと、桓堆の屋敷である。

「動かないでくださいって。あぶないですよ」

 朗らかな声が聞こえてくる。

 広い庭を見渡せる縁側では、青い髪の美少女が、膝に乗っている男の頭を軽く叩いたところであった。

 手にした桃色珊瑚の簪で、着流しの男の耳掃除をしているらしい。

「それで、祥瓊。おまえさんの幼馴染がどうしたって?」

 祥瓊の膝を枕のまま、腕組みをした桓堆が、横目で少女を見上げた。

 深い青と、明るい青。二対の、色味の違うまなざしが、刹那、からみあう。

「あ、お郁ちゃんのことですね。浅野屋のだんなさんが亡くなった喪が明けたら、すぐにお婿さんをとらなくちゃならなくなったんですって。なんでも、つい最近になって、遺言書がでてきたらしくて。で、相手も決まってたって。それで………。もう婚礼まで七日もないっていうのに、あんなに塞いでたら、からだこわしてしまうわ」

 耳掃除の手が止まる。

「今になってか」

「そう。おかしいでしょう。大事な遺言書が、今頃ひょいと出てくるなんて」

「それで? 婿になるのは、どんなヤツだ」

「え~と。なんでも、浅野屋さんが昔恩を受けたっていう、ご浪人さんだとか」

「それは、また。玉の輿だな」

「でしょう!」

「で?」

「で、って? なんです、殿さま」

「浅野屋といえば、身代は百万両を越えるという、大店だな。お郁という娘に、ほかに好いた相手がいるっていうのじゃないのか」

「そりゃ、お郁ちゃんはおじさんが生きてたときから孝行者だけど。だから、遺言なんかでてきたら、逆らえないとは思うけど。けど、好いたひとがいたら、それくらいは、ちゃんと言うはずよ」

「だれもが、おまえさんほどはっきりと物が言えるとは限らんが」

「でも、やっぱり、好きなひとがほかにいるのに、一緒になるなんて、辛いわ。あたしだったら、絶対にそんなのイヤですから」

「好いた相手がいるのか?」

 ふたたび、ふたりの視線が、からみあう。

「初耳だ」

「殿さまのいけず」

 祥瓊が頬を膨らませた。







 細い腕が、さぐるように襦袢に手を伸ばす。

 薄い光に影となったなだらかなからだの輪郭に、次々と、着物が縛り付けられる。

「帰ってください」

 掠れた声が、ささやきをもらした。

「つれないな」

 身にまとっていたのだろう着物をからだの下に、男が、太い声に、笑いをにじませる。

 大きく小さく、行灯の灯が、せわしなくゆらぐ。陰影に閉ざされた男から、お郁は顔を背けた。立ち上がって、振袖に手を通し、合わせて、縛った。

「慣れたもんだ」

 重く堅い帯を巻きつけて、からだの前で結び、力任せに、背中に回した。

「三原某と言ったかな。婿をとったら、もうこんなことはできなくなる――――か」

 そんなことなど微塵も考えてはいないような口調だった。

 まだ、こんなことがつづくのか。

 そう思うと、お郁の目頭が熱くなる。

 男の言うとおりだった。お郁は、確かに、なにもかもに、すっかり、慣れてしまっていた。

 なにもかもに。

「さっさと、帰ってください」

 いくら、家の奥の離れとはいえ、誰が来ないともかぎらない。たとえ、大番頭が、この男とグルだとはいえ―――である。

 自分は、楚々とした孝行娘のままである。

 人形のように、男たちのいいなりになる存在。

 むかしから、それは、変わらない

 ずっと。

 波の音が聞こえるような気がした。

 幼いころに住んでいた海辺の町でよく聞いた、おだやかな、波の音である。松林の梢が揺れてたてる音。

 加古の呼び声が、不意に、怒号、悲鳴に変わった。

「どうした、お郁」

 男の声に、我に返る。

 お郁は、いつの間にか畳みに座り込んで、震えていた。

 気がつけば、男は、着物を身につけながら、お郁を見下ろしている。

「では、また来よう」

 見送りはいらないと、身をかがめてくちびるを掠めようとする男の胸に、お郁は腕を突っ張っていた。

「もう、来ないでください」

 見上げた男の口元が、持ち上がる。

「未来の婿に、操だてか」

 五日後に迫った婚礼を思って、お郁の全身が、震えた。

「できるわけ、ないじゃないですか」

 突然出てきた父の遺言が本物ではないと、誰がわからなくとも、お郁には、わかっていた。

 この男だとて、わかっているはずなのだ。

 なのに。

「しないわけにもゆかない―――――だろう?」

 簡単に腕を外された。そのまま触れてくるくちびるの感触に、お郁の全身が、慄く。

「鬼っ」

 父の名誉を、店のことを、奉公人のことを考えないでいいのなら、明らかに捏造だとわかっている遺言書など破り捨てて、逃げてしまうのに。

 どうせ、この男と大番頭とが仕組んだことに違いない。

 すべては、この男に握られている。

 男のくちびるが、満足気に離れてゆく。

 男が返ってゆく背中を見送りながら見上げた空では、梢のからんだ駕籠に、細い月が囚われていた。

 しかし、月は、風に押されて、駕籠を抜け出す。

 見上げていたお郁の目に、涙が浮かぶ。

 お郁は、袂に、顔を隠した。

 お郁はいつまでも、声を殺して、肩を震わせていた。




書き上げられる自信が皆無xx
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