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昇紘x浅野のシンデレラ? 4
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 少し離れた場所に、飛んでいった手燭の灯が、燃えている。
 頭の中に、雪の中で死んでる自分の映像が、あった。
 首に、手の跡が刻み込まれてる。もしくは、血を流してる。そんなオレだ。
 ああ、なんか………。
 オレを見下ろしている男の顔が、雪明りに反射してる。奇妙に歪んで見えるのは、落とした灯のかぎろいのせいだ。
 ぽとり……と、糸を引くようにして頬に落ちてきたのは、唾液だった。気色悪い。酒臭い。
 ああ、イヤだ。
 なんだって、こんな酔っ払いに、オレは、押さえつけられているんだろう。しかも、雪の上だ。背中が、湿っている。
 藻掻けば藻掻くほど、男の引き上げられてる口角の角度が増す。
 面白がってるんだと思えば、恐怖を押しのけて、腹が立ってきた。
 クソッ!
 こなくそとばかりに、渾身の力を込めて蹴り上げた膝が、どうやら、いい具合にヒットしたらしかった。
 いや、その……急所だな。
 ラッキーだろう。
 この隙を逃したら、オレは、最後だ。
 立ち上がったオレは、蹲って悶えている男を尻目に、駆け出した。
 滅茶苦茶に走った。
 どこをどう走ってるかなんて、わかるはずもない。もとより、地図すらないのだ。
 とにかく、ぐるりと回って、男のところに戻らないように、それだけを祈ってた。
 そうして、オレは、完璧に迷っちまったんだ。
 夜の森で。
 灯すらなく。
 背中や腰は、さっきのあれで、びしょ濡れだ。
 このままだと、間違いなく、風邪を引いちまう。
 そのまま、野垂れ死にか?
 せっかく、明蘭たちが救ってくれたっていうのに、また行方知れずになっちまうのか?
 あっちでは、おふくろやオヤジが、心配してんだろうな。
 考えないようにしていた、もとの世界の、自分の居場所を思い出す。本当なら、気に食わないってぶつくさいいながら、それでも、高校を出て、大学か専門学校に行って、就職か、フリーターか。そんな、平凡な毎日を過ごして歳とって死んじまうはずだったのに。いったい、どこでどう、歯車が狂っちまったんだろう。
 奇妙で得体の知れない世界で、オレは、いったい、なにをやってるんだろう。
 ぶるりと胴震いをして、オレは、木の幹に背もたれた。
 絡み合った枝の向こうに、たくさんの星が輝いている空が見える。
 両親や、悪友たちの顔が、なんとなく、浮かんでは消えてゆく。それが、明蘭と蓮雫の顔に取って代わった。
 明るくて可愛くて、しっかりしてる明蘭と、静かに明蘭の補佐をしてる、蓮雫の顔だ。
 ふたりに心配をかけちゃだめだ。
 明蘭なんか、怒ってるんだし。
 帰ったら、オレがいなくなってるなんてなったら、どんな恩知らずだって思われちまう。それだけは、ヤだった。
 こんなとこで、簡単に、絶望に浸ってちゃ駄目だ。
 そう。
 悲劇のヒロインなら、美女や美少女が相場だ。
 オレなんか、その辺に転がってるただの男だ。似合いやしない。
 まだ、大丈夫。
 そう。考えてみろ、見知らぬ土地だって、オレは、助けられたんだ。運がいい証拠だ。こんなところで、死ぬわけがない。
 こういう場合は、落ち着いて。
 落ち着くんだ。
 すーはーと、オレは、深呼吸を繰り返した。
 乾いた枝を集めて、火をつけよう。たしか、乾いた、コケもいるはずだ。あとは、枯葉だったかな。
 枝と、コケ、枯葉を両手いっぱいに集めて、オレは、どこか、よさそうな場所を探してうろついた。
 と、
「ラッキー」
 ほらみろ、オレってば、やっぱりついてるんじゃん! 
 ちろちろと、火が見える。
 少し距離があるみたいだけど、何てことない。
 オレは、それを目指して、歩き出したんだ。
 せっかく拾った、薪は持ってゆくことにした。
 燃料は大いにこしたことがないからな。


 こんな感じです。引く引く……。すみません。


 ちょっとね、漣遠関係のほうも萌えてたりするんだけど、今家に、姪っ子がいるので、書けない。うううう。せっかくの休みなのに~~~xx ストレス溜まる一方だ。
 とりあえず、書きかけを書き上げるようがんばるのが先だろうvv 今更ですけどね。
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昇紘x浅野のシンデレラ? 3
20050211211537.jpg


 逃げた。
 とにかく、滅茶苦茶怖かったんだ。
 そりゃ、相手に害意があるかないか、よくよく考えてみれば、なぞっちゃなぞだったんだろうけど。酔っ払ってる男ってーのは、夜に一対一で会うと、怖いもんだ。理性が飛んでるからな。何されるかわからない。しかも、腰に、刀をぶらさげてるしさ。
 その上、掴まれそうになったら、逃げるしかないだろう。
 酔っ払ってる男の足よりは、速いだろうと、思ったんだけど。
 悲しいかな。
 積もった雪の上を走ったことのないオレは、すぐに、醜態をさらす羽目になったんだ。
 数日前の雪は、ところどころ凍りついていて、オレは、滑ってしまったんだ。
 したたかに腰を打って、呻いてるオレの肩に、骨ばった手が、かかってきた。
 同時に鼻先を掠めた、酒臭さに、オレは、鳥肌をたてていた。
「なに、逃げてるんだ」
 ろれつが回りかねてるような発音だったけど、
「なにも逃げなくていいだろーが」
 聞き取ることができた。
 腰の痛さも、寒さも、どっかへ飛んでっちまってた。
 とにかく、怖かった。
 しつこいが、怖いんだ。
 仕方ない。
 オレを見下ろしてくる細い目が、不快だった。
 ねっとりと、じっとりと、舐めるような、視線だった。
 何かを考えてる。けど、それは、決して、いいことじゃない。そんなことが、まるわかりなんだ。
 逃げないと。
 なにをされるかわからない。
 逃げろ。
 逃げるんだ。
 オレは、必死になって、立ち上がろうともがいた。
 骨ばった手だ。
 そんなに力がありそうには見えない。
 それに、酒を飲んでる。
 なのに、なんでだ?
 オレは、酔っ払いの腕一本を、振り払うことができなかったんだ。
 じわり――と、汗が、背中を流れ落ちる。
 嘘だ。
 こんなこと!
 焦っても、どうにもならない。
 射竦められたように、細い目から、視線を離すこともできない。
 目を放したら、終わりだ。
 なんでか、そんな、気がしてた。
 オレの、強張りついた視線の先で、男が、舌で自分のくちびるを舐め湿した。
 それだけの動きなのに。
 なんでか、オレは、オレが、でっかい蛇にでも捕まっちまってるような、そんな絶望を、感じずにはいられなかったんだ。

21:38 2005/02/11

 とりあえず、こんな感じ。
 なかなか、昇紘さんは出てきません。
 ほんまに出てくるんかな? 不安になってきた。

 写真は、ちょっとは可愛く撮れたかな~(ぶれてるけどvv)な、ジュニばーさん♪
昇紘x浅野のシンデレラ? 2
20050210213522.jpg


 明日はお休みだしと、なんとなく昨日調べておいたスコーンのレシピに沿って作ってみた。シナモンを適当に入れてみたんだけど、まぁ、初めて作ったにしては、それなりの味でした。学生時代英会話の先生宅――本場のイギリス人だったんですが、で、英会話の授業の一環としてレシピを習ったんですけど、作る機会もなく、すっかり忘れ果てたxx 記憶が正しければ、そば粉も使ってたような? 惜しむらくは、クロテッドクリームがないってことだ。あれ、こってりしてて、好きなんだけどね。作れんこともないが、めんどくさいvv
 明日は、気力があれば、チョコレート入りと、アールグレイ入りを作ってみよう。作れるかな?

 さてと、閑話休題vv 昨日間違って消してしまったデータに、再チャレンジ。

 森の中は、暗い。
 月明かりも、木々に遮られて、あまり届いてこない。
 ザコザコと音をたてて数日前の雪を踏みしめながら、オレは、怖さなんて感じていなかったんだ。
 よくよく考えれば、とっても怖いはずなんだ。
 けど、オレにとって、森っていうのは、童話の世界くらいでしか縁がない、なんかこう、メルヘンチックな空間でしかなかった。
 馬鹿だよなって、思わないわけじゃない。
 けど、仕方がない。
 オレは、とにかく、明蘭をびっくりさせたい一心だったし、それしか考えてなかったんだ。
 必死になってヒアリングしてた時に、どこでだったか耳にした情報が、頭の隅にこびりついてた。
 冬でも花が咲いている、不思議な空間の話だ。
 そんな馬鹿なって、思わないでもないが、オレにとっては、この世界そのものが、不思議な場所でしかなくて、なんでもありに思えてならなかったんだ。だから、そんなこともあるんだろうと、思ったんだな。
 で、昨日蓮雫に、明後日が明蘭の誕生日だって聞いてから、なにかをしたかった。考えて考えて、それを、思い出したんだ。
 冬って、あんまり花がない。で、多分、こっちでも、冬の花って、高価な嗜好品なんじゃないかなって。どうなんだろう。よくは知らない。
 薔薇とかチューリップ、ひまわりくらいならなんとか判るけど、それ以外だと、一括りにして“花”だって感じでしかないんだけど。
 まぁ、可愛らしい花とか、いい匂いのする花なら、明蘭は喜んでくれると思うんだ。
 やっぱり、誕生日に花を貰うのって、女の子は嬉しいだろうしな。
 ふと、背後でなにか音がしたような気がした。
 足を止めて振り返ったが、別に、灯で照らしてみたけど、変なところはないような……。
 気のせいかなって、歩き始めたんだけど、今度は、なんかもう、後ろが気になって気になって、気色悪いんだ。
 後頭部がちりちりするって言うのかな。
 今頃になって、夜の森っていうのに、恐怖を感じはじめたらしい。
 夜の森――あっちって、なにがいたっけな。
 考える。
 必死で考える。
 キツネ――怖がることもないかな。
 ウサギ、リス――うん。だいじょーぶだ。
 クマ? ―――冬眠中だよな。
 オオカミ――――えっと、明治に確か絶滅したはず……ってーのは、あっちの話。こっちにはいたりして? それに、クマも、こっちのって、冬眠しなかったりして? やばい? まずい? 
 だんだん怖い考えになってきて、背中がひりひりしはじめた。
 と、突然、後ろで、ばさばさって音が、したんだ。
 これには、びっくりした。
 突然後ろから蹴飛ばされたみたいなもんだ。
 後ろを確認するのすら怖かった。
 かといって、知らないままっていうのも、やっぱり、怖い。
 オレは、恐る恐る、振り返った。
「っ!」
 声も出なかった。
 目の前にいるものが信じられなかったんだ。
 必死で、逃げろって、自分で自分に命令するんだけど、これが、また、なかなか、通じない。
 このままじゃ、やばいだろ。
 一番怖い。
 なにが一番怖いって、そりゃ、なぁ。
 明らかに害意があるってわかる人間が、一番怖い。
 にたにたと、だらしない笑いを口元に貼りつけて、こっちを見てる、男がひとり。
 手にはなんか水筒みたいなのを持ってる。それを口元に持っていって、呷ってる。男の赤い顔。中味は、酒だろうか。腰に吊り下げてる刀から、目が離せなかった。
 ばさばさって音は、男の足元に落ちてきた、枝に積もった雪がたてた音だった。
 男が、また、なにかを呷った。
 喉仏が、大きく、上下する。
 口の端からしたたった飲み物の滴を、男が無造作に、手の甲で拭った。
 なんだろう、それが、やけに、生々しいように思えたのかもしれない。オレはやっとのことで、息を吹き返したようになった。
 伸びてきた手を、間一髪避けて、オレは、走り出していた。

22:15 2005/02/10


 こんな感じでしょうか。
 昨日書いてたのと違う……。
 しかたないなぁ。
 頭の中には、いまや、シンデレラ――っつうよりも、美女と野獣のほうが、ありますが。
昇紘x浅野
20050208201528.gif


 パロディのパロディということで。

「え? 行かないの?」
 目をまん丸にして、明蘭が聞き返してくる。それに、オレは、
「楽しんで来いよ」
と、答えた。
 今日は、ここ、止水(しすい)の郷長の屋敷で、パーティーがあるんだそうだ。
 冬の寒さを忘れて一晩楽しもうという企画だそうで、明蘭は前からとっても楽しみにしていた。
 オレも、はじめは、明蘭に付き合うつもりだったんだ。
 祭、嫌いじゃないし。
 けど、蓮雫(れんだ)に聞いた、あることで、オレは、止めることにしたんだ。
 そりゃあ、明蘭が楽しそうにしてるのを見るのって嬉しいけど、けどな、やっぱり、自分が楽しませてやりたいって思っちまう。それは、オレが、明蘭を特別に思ってるからなんだろうか。
 特別――たしかに、明蘭は、特別だ。この異邦の地に流れ着いたオレを、拾い上げてくれて、面倒をみてくれてる。オレより年下だろう、女の子が、だ。これは、もう、感謝するっきゃないことだ。言葉もわからなかったオレに、明蘭は、気長に根気よく、教えてくれた。だから、オレは、こっちに来て三ヶ月目くらいだというのに、かなり、ことばがわかるようになったんだ。
 どんだけ感謝したって、したりないだろう。
 きっと、明蘭に拾われなかったら、オレは、その辺でわけがわかんねーまま野垂れ死んでたって思うからだ。
 だから、オレは、蓮雫に、明日が明蘭の誕生日だっていうのを聞いてから、今日の祭に付き合うのは、よそうって、決心したんだ。
 明蘭の、アーモンドみたいな、きらきらと光る目が、気落ちしたみたいに地面に逸らされた。
 ごめん。
 オレだって付き合ってやりたいさ。けど、オレは、楽しんで帰ってきた明蘭に、もっと、もっと、嬉しくなってほしいんだ。
「この帳簿、今日中に仕上げたいからさ」
 明蘭家は、廻船問屋だ。で、なんでかは知らないけど、明蘭と蓮雫のふたりで切り盛りしてる。もちろん、力仕事をする人足はほかにたくさんいるけど、帳簿をつけてるのは、明蘭だった。で、見てると、どうも、明蘭は、数字が苦手らしいんだよな。蓮雫も、からっきしらしい。だから、オレが、こっちっかわの数字を教えてもらって、帳簿付けを引き受けたんだ。え? 元の世界で、オレ、数学は案外成績よかったんだ。
「ふぅん」
 明蘭のつま先が、土間を、蹴った。
「つまんない」
「蓮雫といってこいって」
「浅野も一緒がいいなぁ」
 うるうると、なんかのコマーシャル見たく、見上げられても、ここは、心を鬼にしよう。
「ごめん」
 鬼にしては、いまいちだがな。
「いいもん! そんないけずするんだったら、お土産なしだからねっ」
「ごめんってば!」
「しらないっ」
 そっぽを向いちまった明蘭を、蓮雫に預けて、オレは、帳簿に向かった。
 帳簿は、言葉どおり片付けてないとな。

「よっし」
 帳簿付けは終わった。
 机の周りを片付けて、オレは、フェルトのようなフリースのような生地の上着を着込んだ。
 ちょっと重いけど、動きにくいけどさ、案外温いんだ。
 しっかり戸締りをして、火を消して、オレは、篭を手に、店を後にした。
 町は、静まり返ってる。
 なんか、雪でも降りそうな、冷たさだ。
 空は、すっかり、暗い。
 堤燈とでも言えばいいのか、とりあえず、それを手に、足元を照らす。
 この時、実を言うと、オレは、この世界に妖魔っつう生き物がいて、どっちかっつーとやつらは夜行性だってことを知らなかったんだよな。いや、昼日中に出るのもいるらしいんだけどさ。ともかく、玉座に王がいて、それが長いから、滅多なことでは、町中に現われないんだとさ。
 後で聞いて、冷や汗モンだったけど、まぁ、終わりよければ……って言うしな。
 ともあれ、オレは、町外れの森の中に、足を踏み入れたんだ。


 こんな感じですかね。
 日記その1に書いたお話になるかな? まぁ、それ以前に、書ききれるかどうかが問題だったりxx

 写真は、かくれんぼしてるつもりらしい、ロイ。
昇紘x浅野 里木の庭にて
 いや、まぁ、パロディです。パロディ。


 オレは、憮然としていた。
 何だって、オレがこんなところにいなきゃならないんだ。
 堂があって、なにやらひょろりとした木が、大切そうに、守られている。
 その木を、里木(りぼく)といって、この世界のヤツラは、みんな、この木に生る卵から生まれるのだそうだ。
 手に持ったものを、捨てたい衝動に駆られながら、オレは、ただ、地面を見ていた。
 周囲のヤツラのひそひそ話が、厭でも耳に届いてくる。
 こんな時、仙になっちまったことを、後悔する。
「郁也」
 昇紘が、オレを振り返った。
 途端、偶然居合わせることになったヤツラの声が、ぴたりとやまった。
 まさか、こんなことまでさせられるとは、思いもしなかった。
 昇紘が、手を、差し伸べてくる。
 オレは、諦めに近い溜め息を吐いて、その手を、取った。
 そうして、昇紘が選んだ木の枝に、何日もかかって刺繍をした細い飾り紐を結びつけたのだ。これのせいで、オレの指は、ぼろぼろだ。
 刹那、ざわめきが、大きくなった。
 オレだって、目を疑ったさ。
 しかし、それは、間違いなく、きっちりと、枝に、結ばれたままだ。引っ張っても、びくりともしない。
 夫婦―――と認められない二人が、どんなに子供を願って、枝に紐を結ぼうと、それは、決して結べない。それが、この、里木の不思議なのだそうだ。
 まぁ、そんなことを目で見たものはいないそうだが、そういうことらしい。
「天意だな」
 オレの顔を見下ろして、昇紘が、にんまりと笑った。
 心から満足そうな表情のこいつを、見たのは、初めてのことだった。



 選べ―――と、言われて、オレは、選んだ。
 そう。
 オレが、選んだんだ。
 仙になれば、ことばに不自由しなくなると、聞いていた。ただ、オレにとって、仙になるということは、昇紘の、伴侶になるということだったんだ。
 いいかげん、しんどかった。
 オレも、多分、昇紘も、しんどかったんだろう。
 牀榻に寝ついてたオレに、苦虫を噛み潰したみたいな顔をして、昇紘は、言ったのだ。
「死ぬか、それとも、仙になるかだ。選べ」
 オレのからだは、そうとう弱っていたらしい。
 仕方がない。突然、誘拐されて、思い出すことすら拒否するような、目に合わされたんだ。実際、その時の記憶は、オレからはすっぽり抜け落ちてる。聞いても、誰も、教えてはくれない。ただ、オレを助けてくれた時の、昇紘の、嘘も偽りもなにもない、素のままの顔だけが、印象に残っていた。
 助かってよかったのだろう。けど、それでも、あのときのオレには、もう、気力も何もなかったんだ。
 昇紘に助け出されたことを、嘆いたりしてたわけじゃない。
 マジで、飯を食えなかったんだ。
 多分、ストレスで、拒食症にかかってたんだろう。
 孫医師に無理矢理飲まされる薬湯も、大半をもどしていた。その時の苦痛なんか、もう、思い出したくもない。
 オレは、かなり、切羽詰ってたってことだ。
「修行もなんもしてないのに、オレが仙に? なれんの?」
 そう皮肉っぽく言った。つもりだったが、どうも、かなり息も絶え絶えに近かったらしい。
「なれる」
 昇紘の鋼色のまなざしが、真剣に、オレを見ていた。
「そうか。なら、いいや」
 そう言うだけで、もう、精一杯だったのだ。
「私の伴侶になると、そういうことだぞ」
 かまわない。
 そう、心の底から思った。
 あの、昇紘の顔を思い出せば、昇紘の伴侶になってもかまわない――と、思えたのだ。
 だから、オレは、
「いいよ」
と、笑ってみせた。実際、笑えていたのかどうかは、なぞだが。
 後になって、あの時の笑顔を見たいなんて囁かれて、オレは、赤面する羽目になったがな。

 どういう手順で、オレが仙になれたのか、よくはわかっていない。昇紘も、説明する気はないらしい。まぁ、なんにでも、裏技が存在する、そういうことなのだろう。
 で、まぁ、仙になるということは、病老死苦から解放されるってことだ。苦は、どうか、わかんねーけどな。結局、そういうわけで、オレは、死なずにすんだ。
 代わりっちゃなんだけど、オレの体調がまぁ、どうにかこうにか、普通に戻ったのを見計らって、オレと昇紘との婚礼――が、執り行われたのだ。
 今思い出しても、どっかの穴倉ん中に引きこもりたいくらい、はずかしい。
 見世物になってたわけだからな。
 しかも、オレは、結局、昇紘の、伴侶――つうことは、奥方、妻、に、なっちまったわけだ。
 男の、オレが、だ。
 祝い客が、オレを見る目の、興味本位なことといったらなかった。そりゃ、立場上とか、いろいろあるから、あからさまじゃないけどさ、やっぱり、そういうのって、わかっちまうもんだろ。
 で、まぁ、色々聞こえてくるわけだ。
 『主上も物好きな』とか、『果たして、天意は、いかがなものか』『天綱(てんこう)に、のっとっているのか』とか、いろいろだ。
 ことばに不自由しなくなったってことは、色々聞きたくないものも耳に入ってくるってそういうことなんだなって、オレは、実感してた。 

 そんなこんなで、オレは、昇紘の、正妻として、ここにいるわけだ。
 夫婦仲は、まぁ、明蘭の借金を肩代わりしてここにいた頃に比べれば、天と地ほどの差がある。
 まぁ、あいかわらずへの字に口を結んだ、難しげな顔をしてはいるけど、雰囲気が、穏やかになったよな。夜――のほうも、前ほどは、苦痛じゃなくなった。詳しくは言わないがな。言えるかよ……。
 なんつーか、思ったことは、釣った魚を甘やかしたくるよなって、ことだ。一言で言うなら、うっとうしい。ちょっとはひとりにしといてくれって、そう思うんだが、あまり強く出て、前の昇紘に戻られたら、こっちがたまんねーからな。我慢してる。そのうち、飽きるかもしんねーしな。
 ある日、昇紘が、帰ってくるなり、オレに、どんな図が好きだと、訊くので、見せられた見本の中から、適当に、選んだ。
 なら、それを、この布に刺繍するんだとか、命令しやがるんだ。
 刺繍なんかしたことないって、そう返すと、なら、燦玉(さんぎょく)に教えてもらうといい。とかって、厭でもやらせるって、気迫満々なんだ。
 仕方ないから、燦玉に教えてもらいながら、細い布に、針と糸で、わけのわかんない図を縫い取りした。
『いったい、これって、なんの呪いだ?』
 何度も指を針で突いて痛い目に合いながら、オレは、訊いてみた。
 ら、
『ややを授かるための儀式でございます』
と、真面目な顔をして言ってくれた。
『男のオレに、ガキが出来るわけないだろ』
『色々と、外野がうるそうございますからね。殿さまにおかれましても、無視できないのでございましょう』
『?』
 首を傾げるオレに、
『天に唾する行動だと、言われておりますからね』
 そこは、糸を替えなければ、と、燦玉が針山から、違う色の糸が通ってる針を差し出す。
『王も認められたお二人ですのに、なにを今更と、殿さまも思ってはおられましょうが、百聞は一見にしかずとも申します。そんなことはないと、証明するためにも、里木詣でをなされるおつもりなのですは』
 そうして、オレは、この世界での子供ができる仕組みというのを知ったのだった。

16:54 2005/02/06―17:53 2005/02/06

 なんか、ずっと頭にあった話なんですが。
 まぁ、こんな感じでvv
昇紘x浅野 お遊び
 町はにぎやかだった。
 寒さにもめげず、やけに華やいで見えるのは、女たちの雰囲気のせいだろう。
 昇紘と喧嘩寸前にまで言い合って、やっとのことで外出をもぎとったのだ。せっかくの外出だというのに、昇紘の、オレを信じていないいいざまが頭の中を埋め尽くしていて、腹が煮えてどうにもおさまらなかった。
 そんな気分のまま町に出たオレは、女たちのパワフルさに、圧倒されていた。
 こんなの、大分前に見たことあるよーな。
 つらつらと考えて、はたと、思い出した。
「あ! バーゲンセール」
 あっちにいたころは、よく母親の荷物持ちに付き合わされたものだった。
 懐かしさにしみじみと耽っていると、
「浅野っ」
 聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
 振り返ると、頬を染めて走ってきているのは、
「珊玉(さんぎょく)」
 たしか、六つになったばかりだったはずの、可愛らしい少女だ。
「浅野だ~。すっごい久しぶり。ね、ねっ、今日は来てくれるんでしょ」
 オレの上着の袖を引っ張って、家のほうへと連れて行こうとする。
「おかぁさんも、浅野に会いたがってるよ」
 どうしてるかなって、よく言ってるもん。
 久しぶりの外出とはいえ、目的は別段ない。ただ、屋敷にいると、息が詰まる。だから、たまには息抜きをしたくなる。それだけのことだ。
 珊玉に引っ張られるままに、オレは、懐かしい、明蘭の店に足を踏み入れた。
 途端、鼻をくすぐったのは、甘い香だった。
 そうして、女たちのさんざめきだ。
 昔、オレが、帳簿付けをしていた土間いっぱいに、女たちが犇めいている。
 思わず、くるりとユーターンして、土間から出て行きたいくらいの迫力だ。しかし、
「おかーさん、浅野だよ」
と、袖を引っ張る珊玉を振り払うわけにもいかない。
 女たちを掻き分けて、奥へと進むと、そこはショウケースみたいな台が設けられていた。そこに並べられているものを見て、オレはなんとなく、直観していた。
 ショウケースの向こう背中を向けていた女性が、くるりと振り向いた。
「いらっしゃいませ」
 すっかり大人の女性になった明蘭が、オレを見て、目を丸くした。
 オレは、明蘭に拾われた頃からほとんど成長していないって言うのに、オレよりも年下だった明蘭は、とてもきれいに、眩しくなっている。なんだか、おいてかれたみたいで、少し淋しい。
「いったいこの騒ぎは?」
 つい、戦場のように忙しいという状況を忘れて、オレは間が抜けた質問をしてしまっていた。
 手伝いらしい少女に、なにやら言いつけて、明蘭が、オレを手招いた。
 帳場の裏手の部屋に通されて、ひとしきり、懐かしさにかられて近況を報告しあった後、オレは、明蘭に、
「まさかと思うんだけど」
と、確かめたのだ。
 出された茶菓子といい、土間に充満していた匂いといい、
「そう」
 珊玉が、オレの親指の先くらいの茶色い菓子を口に放り込む。
「ばれんたいんでーって言うんですって」

 十年くらい前か、まるで歴史は繰り返すって感じで、オレは、オレが明蘭に拾われた浜辺で、海客を助けた。
 それが、明蘭の夫で、珊玉の、父親だ。
 オレが男を拾ったなんていったら、昇紘がどんな焼き餅を焼くかしれなかったので、オレは、明蘭に海客を預けたのだ。
 元気になった海客は、あっちで、パティスリーをしていたらしい。言うまでもないが、洋菓子屋だ。
 で、まぁ、こっちっかわの菓子屋で働くことが決まったらしかった。
 オレが知ってるのは、あとは、明蘭と海客とが結婚して、珊玉が生まれたってくらいだ。
「商売人なんだな~」
「思ったより評判になっちゃって、猫の手も借りたいくらいなの」
 どうも、本当の、ちょこれいと――っていうお菓子とは、ちょっと違うらしいんだけどね。
「美味かったよ」
「そう。浅野に言われたら、夫も喜ぶは」
 すっかり、妻の顔をして、明蘭が、微笑んだ。

 帰ろうと腰を上げると、明蘭が、包みをひとつ差し出した。
 明蘭と包みとを交互に見比べると、
「浅野から郷長さまに差し上げてね」
 仲直りしないと。そんな風ににっこりと微笑まれると、受け取るしかないじゃないか。
「ありがとう」
 そんなオレの袖を、珊玉が、引っ張る。
「なんだ、珊玉」
 しゃがみこんだオレに、まるで明蘭のまねみたいに、小さな手が差し出したのは、胡桃くらいの大きさにラッピングされた包みだ。
「あのね、これ……槙々(しんしん)ちゃんに」
 オレと昇紘の息子―――と、珊玉とは、仲がいい。
「わかった。渡しとく。今度は、連れてくるからな」
「約束だよ」
「ああ」
 指切りをして、オレは、店を後にしたのだった。

 22:21 2005/02/05

 たまには、気分を変えてみましたが、冗漫です。
 バレンタインねたを、捏造しちゃれと思ったのですが、あえなく、玉砕。う~ん、練習ということで。
 浅野と昇紘、いつまでも痛いのもってことで、仲良しにしてみました。が、十数年後の設定ですねこりゃ。
 仙だし、浅野も仙になってるって感じで、ほんとなら、子供なんてできるはずないんですが、そのへんは、まぁ、パロディ、お遊びということで、ご容赦ください。いや、まぁ、それ以前に、男同士で子供はできんだろうxx
昇紘x浅野 漣遠絡み
 とりあえず、日記2より移動。

 外に出たい。
 息が詰まりそうだ。
 けど、立ち上がっただけで、目の前が、くらくらと眩む。
 ゆっくりと、オレは、それに近づいた。
 花瓶に活けられてる花の匂いが、煩いくらい鼻につく。
 薄い花びらが、忌々しい。これが、オレに届けられるようになって、あいつが現われた。そうして、オレは、ここに、閉じ込められているのだ。
 やわやわとはかなげに揺れる花首を、握りしめる。ひんやりと冷たく湿ったはなびらを、オレは、毟り取った。
 視界の隅で、桂花が小さく震えたのを捉えながら、オレは、ただ、次々と花首を毟っては捨てつづけた。
 誰か。
 誰でもいい。
 オレを、助けてくれ。
 せめて、ここから、出してくれ。
 でないと、オレは、狂ってしまいそうだ。


 昇紘の屋敷に来てから、どれくらいになるのか、オレには、わからなかった。
 一月か二月か。それとも、もっと長いのか短いのか。
 どちらにしても、まだ、冬だ。
 オレが、昇紘を刺してから、まだそんなに経っていないのかもしれない。
 それとも、とっくにオレは狂っちまってて、この冬は、ここに来てから何度目かの冬なのかもしれない。
 このごろ、頭がぼんやりしている。
 その間、オレは、昇紘としか喋っちゃいない。オレの身の回りの世話をするとかで、つけられた桂花というこどもは、喋れない。喋れたとしても、オレには、こっちの言葉はわからないから、同じことだ。明蘭のところで少しずつ覚えてたこっちの言葉なんか、もう、思い出せもしない。オレの診察をしに来る医者や、助手のあいつも、こっちの言葉しか話せない。だから、結局、オレは、昇紘としか、喋っていないのだ。
 それに、おれは、もう―――――
 こんなになっても、まだ考えたくない単語が、オレの頭の中に、犇(ひし)めいている。


 オレが毟った花の残骸を、桂花が片付けている。
 明蘭よりも小さな少女だ。
 桂花は、片付けにかかる前に、オレを、牀榻へと連れ戻した。掃除の邪魔ってことなんだろう。
 鈴が鳴った。
 部屋の扉についているヤツだ。
 ここに用があって、入れるヤツがいるときに、鳴らされる。
 昇紘か、それとも、医者と助手のどっちかだ。
 どっちが来るのも、イヤだ。
 昇紘が、ここに来るのは、オレを抱くためだ。
 それに、医者は、オレの体調を診るために来る。オレが倒れでもしたら、昇紘は、オレを抱けないからな。だから、そんなことがないように、来るんだ。
 扉が開いた。
 桂花が出迎える。
 ああ。
 医者と助手だ。
 笑いかけてくる医者に、少しだけ頭を下げる。できるだけ、助手を見ないようにしながら、オレは、牀榻から下りようとした。
 それを、押しとどめたのは、助手だった。
 牀榻の縁に腰かける格好で、オレは、助手を見上げた。
 助手も、笑ってる。けど、オレの全身は、強張りつく。
 オレは、こいつが、苦手だ。
 桂花はうっとりと見惚れたりしてるみたいだが、やけに整ったきれいな顔が、その中のふたつの灰色の目が、ぞっとするくらい、冷たいように思えるからだ。灰色なんていう色のせいかもしれないが、この目にさらされるくらいだったら、まだ、昇紘の目のほうが、ましだと、いつも思ってしまう。昇紘の、オレを、そういう対象として見ている視線のほうが、好きではないが、わかりやすいからだ。
 オレにとって屈辱的な診察がやっと終わった。
 脱がされた服を着なおそうと、前をしめようとするのだが、小さなボタンのひとつひとつにやけに時間がかかる。最近は、いつもこうだ。服ひとつ着るのにも、桂花の助けが必要になる。情けない。そう思うたびに、涙がこみあげてくるのが、また、腹立たしいくらいに情けない。
 診察をした後、医者は部屋を出て行った。
 桂花もいない。一緒に行ったのか?
 残ってる助手が、椀を手に、近づいてくるのが、目の隅に映った。 
 また、あれを飲むのか。
 どろりと苦い薬湯が、鼻をつく。
 椀を受け取ろうとして、まだ穴に通せていなかったボタンが、手から滑った。
 いつから、こんなにもたつくようになったのか。
 肩から力が抜ける。
 喉の下の小さなボタンに、もう一度手を伸ばした時、助手の持っていた椀が、小さな音をたてて棚の上に置かれた。
(?)
 見上げた視線が、助手の動きに連れて、目の前へと移動する。
 目の前に肩膝立てた格好でしゃがみこんだ助手が、オレのボタンに、手を伸ばしてきた。
 パシッ!
 咄嗟に、オレは、ヤツの手を、拒んでいた。親切で留めてくれようとしたのだろうが、診察以外で、触られたくなかった。けれど、いくらなんでも、手を叩いたのは、まずかったろう。叩いたうえに、まるで襲われそうになったとでもいいたげに、喉もとの布を掴んで逃げ腰な体勢になっている自分に、我に返った。
〔わ、りぃ〕
 恐る恐る視線を助手へと移せば、オレに叩かれた手を、呆然と見てる。
〔ごめん〕
 通じはしないだろうが、声にせずにはいられなかった。

 21:00 2005/01/30―16:00 2005/01/31

 漣遠視点だと思い込んでたら、漣遠がらみの話でしたね。
 浅野くんは、壊れつつあります。
 少しずつ、快感感じるようにはなってると思うんだけど、それが逆にショックだったりしそうだよね。最初が、痛いってだけだったと思うので、突然それに快感が~なんてなったら、混乱してしまいそうです。
 魚里の中の浅野くんは、どうもこうも、はかなげなお姫さまですxx う~ん。もちっと強くならんと。
 この後、漣遠がどう出るかで、悩んでるんでした。
 パターンとしては、ふたつほど。

1、大岡越前の捕物みたいな感じ。―――どんなんや。奥さんを人質に取られて、盗賊の首領か何かを牢から解放しろって脅迫されるパターンね。だとすると、漣遠は、盗賊のナンバー2あたりになりそうだ。

2、もうただ、可哀想に思って、逃がしてやる。―――命がけだな。漣遠。浅野くんに惚れたか? 理由は? なぞ。なんつーか、フェロモン出てるんかも知れん。こっちになると、『狂恋』と時間軸が同じになります。
昇紘x浅野 桂花視点
 ブログってどんなモンかなと、ちょっと試してみることにしました。で、テスト。


 最後まで書けるかどうか謎な話を、垂れ流しxx

 あたしの名前は桂花(けいか)。ここ、止水郷の郷長さまのお屋敷で働いている。年は十一。あと一月で、十二才になる。
 今朝、あたしの心臓は、壊れそうに激しく鳴っている。
 だって、目の前に、郷長さまがいるからだ。
 郷長さまは、とっても厳しい。厳しくて怖いって噂。そりゃ、あたしは、台所の下働きだから、これまで直接お目にかかるなんてことはなかった。だから、それは、あくまでも、みんなの噂話だ。
 そんな郷長さまが、突然、台所なんかにやってきたから、みんな、目を剥いてびっくりしてる。
 あたしだってそのうちの一人だったんだけど、
「桂花とはどの娘だ?」
 突然、低くてよく聞こえる声に、名前を呼ばれた。
 桂花――なんて名前の娘は、ここでは、あたしだけだ。けど、なんで呼ばれたんだろう。なんか、粗相をしたっけ? しかも、郷長さまが直接に来るくらい大変な失敗を。そりゃ、水を溜めるのに時間がかかるとか、お皿を割ったりとか、きれいに盛られた料理を器ごとおっことしたりとか、お使いを間違ったりおつりが少なかったり多かったりとか、いろいろしたことはあるけど。でも、賄い頭には散々お小言を貰ったけど、それは、まだ、ここに来てまだ間がなかったばかりのことだ。今のあたしには、思い当たることなんかなかった。
「桂花、桂花」
 ひとつ年上の先輩が、あたしの腰をつんつんと指先でつついてる。
「はやく、手を上げないと」
 先輩の声が震えてるのは、仕方がない。
 だって、郷長さまって、王さまに許されて、仙になった、と~っても偉いひとなんだもん。あたしたちとは、違うの。
 あたしは、みんなとおんなじに土間に平伏――これって、廃止になってるって聞いたことあるんだけど、なんとなく癖になっちゃってるみたいなみんながしてると、つられちゃう――してた顔を、そっと上げた。
 そうして、逆らっちゃいけないみたいに強く光ってる目と、目が合っちゃったんだ。
「おまえが、桂花か」
 手招かれて、恐る恐る立ち上がった。
「おまえには、今日から別の仕事を与える」
 そんなことを言われて、頭の中でぐるぐるしていた疑問に、一気に決着がついた。
 けど、別の疑問ができた。
 あたしは、ここに買われて来たみたいなもんだ。その時だって、直接郷長さまに連れてこられたわけじゃない。なのに、どーして、今度は、直接郷長さまが来たんだろう。
 郷長さまのあとからついていってると、きれいな着物を着た年配のおんなの人に「こっち」と、呼ばれた。
「後は、お任せください」
 そう言って、おんなの人は、深々と頭を下げたんだ。
 あたしは、訳分からなくって、郷長さまと、おんなの人とを見比べてた。
 郷長さまが頷いて奥へと行くと、おんなの人は、あたしを見下ろして、ため息をついた。
「わたくしの名前は、燦玉(さんぎょく)と言います。これから、あなたには間接的にですが、わたくしの下で働いてもらうことになりますから、覚えておきなさい。桂花、あなたは、まず、お風呂に入らなければなりませんね」
 そうして、あたしは、見たこともないくらい広いお風呂を使わされた。いちいち燦玉さまが、いろんなものの使い方や名前を説明をしてくれて、頭や耳の後ろもしっかり洗いなさいとか指示もされたけれど、それでも、ゆっくりとお風呂に入れたのが久しぶりで、とっても嬉しかったし、楽しかったんだ。
 お風呂から上がったあたしは、着たことがないくらいきれいな着物を渡されて、着かたを教えられながらそれを着た。
 髪の毛が乾くまでということで、あたしはこざっぱりしたお部屋に通され、燦玉さまに、これからのあたしの仕事がどんなものか、説明を受けたのだった。


 聞いてたんだけど、実物を目の前にすると、とっても緊張する。
 そのひとは、あたしのことなんか見てなかった。
 先輩が、五日くらい前に、模様替えを手伝ったという部屋に、あたしは通されてた。
 広い部屋には火がいこっていて、あたたかい。
 そのひとは、豪華な牀榻の壁際に蹲って、ぼんやりしてた。
 なんだか、病気みたいに見えた。
「浅野さま」
 燦玉さまが、静かに呼びかけた。
 けれど、そのひとは、何もきいていないみたいだった。
 燦玉さまが、かまわずに続けた。
「これから、浅野さまの身の回りの世話をいたします。桂花と申すものです」
 そう言うと、あたしの背中を促すように、押した。
「桂花」
 燦玉さまの声に従って、頭を下げたけれど、やっぱり、反応はない。
 諦めたような溜め息が、あたしの後ろから聞こえてきた。
「桂花、たのみましたよ」
 そう言って、燦玉さまは、部屋を出て行った。
 どうしよう。
 なにをすればいいんだろう。
 いったい、どうして、あたしが、お世話をするように選ばれたんだろう。
 だって、あたしは、声が出ない。喋れないのだ。耳は聞こえるから、仕事をするのに、不便はない。けど、喋れないあたしが、特別なひとりのひとに仕えるなんてことができるのだろうか。
『噂は聞いているでしょう。わたくしたちは浅野さまとお呼びしておりますが、彼は、殿さまにご寵愛されております。桂花。あなたがお世話をするのは、そういうかたです。ですが、こちらに来てから、なにも召し上がっておられません。水差しの水は減っていますし、孫医師の煎じたお薬湯は無理にでも、毎回飲んでいただいておりますけれどね。けれど、摂るものが水分だけでは、本当に、病気になってしまわれます。わたくしたちも、心配はしているのですが、ご当人にその気がなければ、どうにもなりません。ともかく、食事は、こちらが毎回運ぶようにしますから、あなたは、浅野さまが楽に過ごせるように、気を配ってください』
 燦玉さまは、そう説明してくれた。
 ご寵愛というのがどういう意味なのか、わからなかったけど。あたしにわかったのは、とりあえず、五日も食べてないんだから、お腹が減ってるんだろうなということだけだ。
 そっと、牀榻に、近づいてみた。
 覗き込むと、目が合ったような気がした。
 けれど、それだけだ。
 浅野さまの視線は、すぐに、あたしから逸れた。言っていいのかなぁ、でも、そう見えたんだもん。浅野さまは、馬鹿みたいに、ぼんやりと、天井を見上げてる。
 上掛けで包み込むようにしてくるまっているからだが、よく見れば、ぶるぶると震えている。髪が、乱れている。血の気のない顔の中、薄く開いてるくちびるだけが、うっすらとだけど、赤い。
 寒いのかな?
 病気になってしまわれます――なんて燦玉さまは言ってたけど、熱があるんじゃないかな? だよね。お薬湯を飲んでるって言ってたんだし………。
 横になったほうがいいと思う。
 そう。そうだよね。
 牀榻の入り口の縁を、あたしは、軽く叩いた。あたしの意思表示だ。あたしがここにいますよとか、入りますよとか、口がきけないからって合図しないと、やっぱりだめだし。
 けど、びっくりしちゃった。
 あたしが合図した瞬間、浅野さまが、弾かれたように、泣きそうな顔をして首を振ったからだ。
 あたしに向けられた、白目が、赤い。
 がたがたと、からだの震えが、大きくなる。
 怖がってる?
 なんで? どうして?
 あたしには、わからなかった。
 浅野さまは、あたしより、ずいぶんと年上に見えたし、男のひとだし、背だって、あたしよかずっと高そうなのに、なのに、あたしのことを、怖がってる。
 あたしの目の前で、浅野さまの両方の目から、涙がこぼれた。
 びっくりした。だって、男のひとが目の前で泣くんだもん。そんなの、はじめて見た。
 白目が赤いのは、たくさん泣いたからなんだ。
 ああ、こすっちゃ、ほっぺたが赤くなる。ひりひりするよ。
 咄嗟に、あたしは、牀榻に駆け上がってた。
 あたしは、突き出された手を、掴んだ。
 それは、ギョッとするくらい細かった。
 力なんて、なかった。あたしのほうが、ぜったい強い。
 けど、そんなことよりも、もっとびっくりしたのは、腕を掴んだ掌から伝わってくる熱が、めちゃくちゃ高かったってことなんだ。
 やっぱり、熱があるじゃない!
 寝てないと駄目だ。
 ああ、燦玉さまに、お医師を呼んでもらわなきゃ。
 その前に、寝させないと。
 あたしが浅野さまを引っ張ると、他愛ないくらいあっけなく、浅野さまは、布団の上に横倒しになった。
 もう抵抗する気はないみたいだ。目は開いてあたしを見てるけど、震えてるけど、拒絶はなかった。だから、あたしは、浅野さまの寝やすいように、体勢を整えて、上から、掛け布団をかけてあげた。
 なんだか、浅野さまって、等身大のお人形みたいだ。お人形遊びなんてしたことないけど、けど、なんか、そんな風に思っちゃったんだ。
 掛けた布団の上から、ぽんぽんと、動いちゃ駄目だからねと念を入れるように軽く叩いて、あたしは、燦玉さまを探しに部屋を出ようとした。
 でもね、あたしは、部屋から出られなかったんだ。
 鍵がかかってたんだ。外から。
 なんで?
 何度も扉を叩くと、部屋の外、扉の外に立ってたがたいのいい男のひとが、首を傾げるあたしに、少しだけ戸を開けて、石版と蝋石とを差し出した。
「用事があるなら、これに、書いてくれ。部屋の外での用は、俺が足す。部屋から外に出れるのは、おまえの場合は、食事と湯浴みの時だけだ」
 場合が場合なので理由を聞かなかった。とにかく、あたしは、石版に、蝋石で、浅野さまがすごい熱なんだ――って、書いた。
 これには、男のひとも焦ったらしい。
「わかった」
と、鋭く叫ぶと、どっかに行ったからだ。多分、燦玉さまに言いにいったんだとは思うんだけど。
 でも、なんで、あたし、こっから出ちゃ駄目なんだろう。
 扉に背もたれて、あたしは、部屋の中を見渡した。
 お風呂が外というのは、まぁ、ね、浴室は、外にあるわけだし。浅野さまのお風呂は、あたしが多分、手伝うんだろうし。最初にお風呂に入ったのは、つまり、直接燦玉さまがお風呂の使い方を教えてくれたってわけなんだ。あと、食事の時――郷長さまが、食べ物の匂いが部屋にこもるのを嫌ってるっていうのは知ってる。けど。ここにこもるのもヤなんだ。でも、浅野さまの食事は運ぶって言ってたよねぇ。……体調悪いから、特別ってことなのかな。そういえば、じゃあ、あたしが寝るのって、どこなんだろう。きょろきょろと、部屋の中を見渡してると、牀榻の足元に当たるほうの奥と、牀榻と反対側の壁に、扉があるのが目に入ってきた。両方とも装飾に紛れるような感じであまり目立たない。
 足音を立てないように、牀榻の奥の扉に近づいて、あたしは開けた。
 違った。
 こっちは、衣裳部屋なわけだ。もちろん、浅野さまのだ。そうか、お金持ちになると、男のひとにも衣裳部屋ってあるんだ。部屋には棚や箪笥があって、そのなかに、色んなものがしまいこまれてるんだろう。
 で、まぁ、反対側が、どうやら、あたしの部屋らしい。
 浅野さまの部屋に比べると、すっごく小さいけど、でも、比べるほうがおかしいんだよね。これまで、ひとりの部屋なんて使ったことなかったから、めちゃくちゃ贅沢だ。寝床と、卓子と椅子と行李。あ、鏡まである。すごい。居心地もよさそうだ。床には敷物も敷いてあるし。今まで先輩たちと雑魚寝してたあたしに、いったいなにが起きたんだろうって、思っちゃう。先輩、羨ましがるんだろうな。でも、なんか、先輩に会うことなんかなさそうだ。だって、外に出れないわけだし。幸運なのやら不幸なのやら、なんか、わかんないよね。
 部屋から出たあたしは、牀榻の中の浅野さまのようすを伺った。
 はしゃいでる場合じゃなかったって、思い出したんだ。
 浅野さまはしんどそうだ。
 布を濡らして額を冷やそうか。
 布ってどこにあるんだろう。

 疑問だった「ご寵愛」の意味がわかったのは、浅野さまの熱が下がった、三日後の夜だった。
 毎日、郷長さまが浅野さまをお見舞いにやってきた。
 郷長さまって、お忙しい方なんだよ。なのに、朝、お出かけになる前にお顔をお見せになられる、お昼に一度帰ってらっしゃるし、ご帰宅なさって一度でしょ、で、お休みになられる前にも一度。一日に四回も、浅野さまのようすを伺いに、お出でになられるんだ。これって、すごいなって、あたしは思ってた。だから、「ご寵愛」っていうのって、こういうことなんだろうって、勝手に納得してたんだ。
 けど、違ったみたい。
 あたしは、忘れてたんだ。
 それも、「ご寵愛」のうちにはふくまれてるらしいんだけど、浅野さまは、郷長さまのお妾さんなんだって、台所で言われてたことを、すっかり、忘れきっちゃってたんだ。
 お妾さんの意味は知ってる。郷長さまには、奥方さまはいないんだけどね。まぁ、上のほうのひとには、色々事情があるんだろう。で、……一応、なにをするかも、知ってるつもりだったりするんだけど、男のひとが男のひとのお妾さんになれるんだってことは、知らなかった。
 だから、興味はあったけど、どう考えたってわからなかったから、深く考えたりしなかったんだ。

 郷長さまは、昨日一昨日と同じように、牀榻の中の浅野さまをしばらく見ていて、そうして、静かに部屋を出て行った。
 それから少しして、浅野さまが、目を覚ました。あたしは、浅野さまの上半身を起こして、羽織るものを着せ掛けた。
 お水を差し出すと、震える両手で茶器をつつむようにして、呷った。
 少しして食事が運ばれてきたけれど、いつもみたいに浅野さまは、重湯をほんの少し口にしただけだった。そうして、苦い薬湯を飲んだ。
 あたしだったら絶対やだけど、浅野さまは、苦いってこと、感じてないみたい。匂いだけでも、苦そうなのに。ただ、決められたことだから仕方がないって感じだった。
 よかったって思ったのは、熱が、下がったみたいだったから。
 郷長さまも孫先生も、喜んでくれるだろう。
 孫先生とそのお弟子さんが、もうすぐ来る頃だった。
 あたしは、食器を外の男のひとに渡して、浅野さまの顔を洗って、髪を梳かした。
 鏡の中の浅野さまの顔は、頬が、少し扱(こ)けたような気がする。
 顔色は、悪い。あいかわらず、血の気がない。
 目は、落ち着きがない。あたしは、こういう目を見たことがある。なにかを怖がってるひとの目だ。
 なにが怖いんだろう。
 不思議だった。だって、浅野さまは、とっても大切にされてる。怖がることなんかなにもないような気がした。
 扉外の鈴が鳴らされた。
 それだけで、浅野さまが、震える。
 視線が、彷徨う。
 自分で自分を抱きしめながら、必死になにかをつぶやいている。
 扉外の鈴の音の意味は、わかっていたから、あたしは、そんな浅野さまを目の端に映したままで、孫先生とお弟子さんとを迎え入れた。
 頭を深々と下げると、
「おお。桂花はいつも元気そうじゃな」
 なんて、孫先生が頭をなでてくれる。子ども扱いだなって思うけど、いやな気はしない。
 先生の後から入ってくる、助手の漣遠(れんおん)さんは、男前だ。
「おはよう、桂花」
 にっこりと笑いかけられると、赤くなっちゃってるのが自分でもわかるし、うっとりしちゃう。はっきり言って、浅野さまよりも、素敵だ。
「さて、患者はどうかの」
 孫先生の言葉に、あたしは、にっこりと笑ってみせた。
「そうか。熱が下がったか」
 牀榻の中で震えている浅野さまの近くに、孫先生が、膝を進めた。勿論、漣遠さんも、上がっている。そうしなければ、牀榻は案外広いので、診ることができないのだ。


20:03 2005/01/26―21:00 2005/01/30

 この話では、まだ、桂花が外に出れない設定のまま。ホントは、案外自由に動ける設定に直そうと考えてたので、『狂恋』の桂花は、孫医師と一緒に昇紘の執務室に行ってたりします。
プロフィール

魚里

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